第18話 誕生石の指輪を買ってほしい―婚約指輪?を買ってもらった!

9月14日はパパの誕生日だ。今日は夕食の品数を増やして、手作りのケーキも用意した。


「今日の夕食はごちそうだね」


「お誕生日おめでとうございます」


「そうか、今日は僕の誕生日だった。知っていたの?」


「崇夫パパに聞いてずいぶん前から知っていました。私も同じ9月ですから覚えやすかったです」


「この歳になると、歳を取るのが怖くなるんだ。だから誕生日はおめでたくないし、忘れようとしている」


「どうして? まだまだパパは若いわ」


「若いままでいたいんだが、35歳をピークに体力が落ちてきた。体力が落ちると気力も落ちてくる。仕事でも直観力が落ちているのが分かる。なんとか今までの経験と要領でしのいでいるけどね」


「パパは運動不足じゃないの?」


「毎朝、自由が丘まで歩いているし、会社でもエレベーターを使わないで階段で上り下りして運動不足にならないようにしているけど」


「でも電車では席に座りたがるし、帰りは歩いていないんでしょう」


「帰りは疲れているから、電車にしているけど」


「この歳で体力が低下して、なんて言ってほしくありません。これからはもっと精の付く料理を心がけます」


「若ぶって無理をするのが一番いけないと思っているけどね。運動も歳相応でいいんだよ。最近、高齢者の登山事故や自動車事故のニュースが多いだろう。いつまでも若いと思っていたらろくなことがない」


「それが年寄り臭い言い方だと思います」


「ケーキありがとう。蝋燭まで用意してくれて」


「学校でパティシエを目指している友人に作り方を教えてもらいました。何とか食べられると思います」


太い蝋燭3本と細い蝋燭9本を立てて火を点けて部屋を暗くして、Happy Birthdayを歌ってあげて、火を吹き消してもらった。照れてはいたけれどパパはとても喜んでくれた。


「ごめんさない。プレゼントはなしです。良いものが思いつかなかったので」


「久恵ちゃんからのプレゼントだったら嬉しくてなんでも大切にするから」


「久恵ちゃんの誕生日は9月28日だったね。覚えていたけど、話題にすると僕の誕生日も聞かれると思って黙っていた。僕の誕生日が過ぎてから、誕生日プレゼントに何がほしいか聞こうと思っていたんだ」


「実はそれを期待していました」


「それは丁度よかった。何でもほしいものを言ってみて。値段は気にしなくていいから」


「へへ、それじゃあ、誕生石の指輪を買ってください」


「9月はサファイヤだね」


「そうです。別に高価なものでなくていいんです。小さな石がひとつ付いていればいいんです」


「分かった。今度の週末に買いに行こう」


へへ、作戦通り。パパは本気で私の誕生日プレゼントに誕生石の指輪を買うつもりになっている。


◆ ◆ ◆

土曜日に早速、指輪を買いに銀座へ出かけた。ここならジュエリーショップもデパートもあるから好みのものが選べるし、何軒か回ってから気に入ったものを買えばいいとパパが言っていた。


まず、有名ブランドのショップへ行った。パパは高価なものでも良いと思っていたみたいだけど、ここは桁が違う。私も値札を見て気が引けた。これは無理だし、こんな高価なものを買ってもらう訳にはいかないと思った。それですぐに次の店へ行ってみたいと言った。


でもブランド店はどこも同じような価格だった。それでデパートへ行くことにした。ここでは想定した範囲内のお手ごろな価格のものがそろっていた。二人共、口には出さないがほっとした。それで今度は本気で気に入ったものを探し始めた。


「この小さいサファイヤが3つ並んだのを見せてください」


価格は45,000円だった。これでも相当高価だと思ってパパの顔を見ると平気な顔をしていたので、これがいいと思った。でもパパは同じタイプで6つ並んだデザインが気に入ってじっと見ていた。でも価格は倍以上していた。


「その6つ並んだのも見せてください」


私は驚いてパパの顔を見た。本気みたい。


「両方着けてみて」


私は始めに3つのもの、次に6つのものを指にはめてみた。6つのものの方がよく似合うのは私にでも分かった。


「サイズはどう?」


「どちらもぴったりです」


「じゃあ、その6つの指輪にしてください」


店員さんは満面の笑みで「承知しました」といった。私は嬉しいやらパパに無理をさせて申し訳ないやらで複雑な気持ちだった。


「折角だからして帰る?」


「ええ・・・」


「じゃあ、このままして帰りますから、お願いします」


パパがカードを店員さん渡した。そのまま店員さんは支払いの手続きをするために指輪とカードを持ってそこを離れた。


私たちをどんな関係とみていたんだろう。でも婚約指輪ならお給料3つ分とか聞いたことがある。パパの年齢の給料を考えると100万円以上の婚約指輪になる。そう考えると高過ぎることはないのかもしれない。


「こんな高価なものを買ってもらおうとは思っていませんでした。買ってほしいとおねだりしてすみません。もっと安いもので良かったのにごめんなさい」


「いいんだ。僕の気に入ったものを僕が買っただけだ。気にすることは少しもない。僕は6つのデザインの方が好きだったから、せっかくしてもらうならこちらと思っただけだ」


「私も6つの方が素敵だと思いました」


「それならそれでいいじゃないか」


「いいんですが、申し訳なくて複雑な気持ちです」


そこへ店員さんが満面の笑みでケースを入れた紙のバッグと値札をとった指輪がおかれた黒い小さな台を持って戻ってきた。


私は指輪を左手の薬指に丁寧に嵌めた。パパはそれ左手じゃなくて右手じゃないのかと言おうとしたみたい。でも店員さんがじっとみているので、黙って見ていた。


私は指輪をはめた手をかざして満足そうにパパの顔を見てニコッと笑ってみせた。パパは嬉しそうな満足した顔をした。


私はパパの手を取って店を出た。


「もうお昼を過ぎているから何か食べようか?」


「銀座はどこでも高いからやめましょう。パンを買って家で食べましょう」


パパは誕生祝に食事でもと考えていたみたいだけど、これ以上お金を使わせるのは悪いと思った。すぐに近くのパン屋さんへ入って、おいしそうなパンを見繕って買った。


そして、また手を繋いで駅まで歩いた。有楽町駅から山手線、池上線経由で帰ってきた。


「今日は高価な誕生日プレゼントありがとうございました。無理させて申し訳ありませんでした」


「久恵ちゃんがとっても喜んでくれたからもう元が取れた。気に入ってもらってうれしい」


「大切にします。でもいつもつけていてもいいですか」


「もちろん、そのためにプレゼントしたんだから」


「なくさないようにします」


「なくしたらまた買ってあげる」


「いえ、絶対になくしません」


「それで気になっているんだけど、左手の薬指は婚約指輪か結婚指輪をするときで、独身者は右手の薬指にするものだと思うけどね」


「これでいいんです」


「どうして?」


「こうしておけば男除けになります」


「男除けって?」


「学校であれからもたびたび付き合ってくれと言われて、そのたびに気を悪くさせないように断るのが大変で」


「そんなに言い寄られているのか?」


「飯塚さんを含めてこれまで3人くらいですが」


「気に入った男なら付き合ってみればいいのに」


また、そういう。本当にそう思っているの? パパのそういうところが気に入らない。


「言い寄ってくるのは、年下でそれもちゃらちゃらした人ばかりでその気にもなりません」


「まあ、それが役立つのならいいかも」


思いがけずに高価な指輪を買ってもらった。私はパパ自身が気に入った指輪を買ってくれたことが嬉しかった。本当に私に似合うと思う指輪を一生懸命に探してくれた。それが一番嬉しかった。


私はこの指輪を左手の薬指に嵌めることにした。私は勝手にパパと婚約する決意をした。その証に左手にしたつもりだった。パパにはああ言ったけど、いつかパパを私のものにしたいと誓った誕生日プレゼントだった。だから少しは私の気持ちを分かってほしい。

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