最終話『地獄でも輝くヒーロー』・「ヒーローになれたね」

 戦いは拮抗していたが駆けた。

 見てる戦いにまだ届かない。


 頼む、スコルとハティ。


 俺に力を貸してくれ!


 走っていく。

 空を舞うみたいに。

 違う本当に飛んでる。

 脚を蹴る毎に空を跳躍できた。

 どんどん上がっていく、

 階段みたいに。


 宙に浮くヤツに向かって、


 狼の爪をッ!


 斬るように殴るがなにかに阻まれる。

 バリアか。

 ヤツが降りる。

 だが金の指が来る!

 板を投げて軌道を変えてギリギリ避けた。

 まだ新手が。

 狼の爪で弾き返す。

 次々来て防ぎ切れない。

 防御!

 衝撃で地面に体が落下した。


 俺を見た彼女が駆けた。

 銀の閃光みたいに。


銀色の弾丸シルバーブレット!」


 一直線、貫くように。

 空気が揺れるぐらいの衝撃。


 それでもパンチはヤツの目の前で止まってる。


 刹那の熱狂を感じた。

 全ての細胞が叫ぶ。


「一人じゃ勝てない。

 けど二人なら勝てる!」


 立ち上がる。

 彼女と目を合わせ同時に駆けた。

 金のグリーヴの加速でついていける。

 スプリットを全て右手に、


 同時に攻撃する!


 銀色の弾丸と狼の爪で!


 衝撃でヤツが吹き飛んだ。


 それでも立ち上がる。

 バリアを抜けられない。


『ナオヤ。すべては今のこの瞬間、この戦いのためにある。

 勝利を得るには息と叫び。体、直感、フロー。そして有機体の流動的な伝導。

 キミに与える。僕のすべてを』


 全身から紫の墨がにじみ出てくる。

 これは。


『僕だ』


 セック、いやロキはずっとスーツの中に。

 

統合成シンセティックを果たせ。半アストラルとなった僕を上手く操縦してみせろ。最も上手く扱えるのはフローを経たキミしかいない』


 オーラのような紫の墨を全身まとってる。

 墨は離れては戻る。

 鎧であり手足の延長か。




『Ver.3――


 パープルモードです!』




 ロキから情報が流れてくる。

 高性能誘電エラストマー人工筋肉のような性質。

 ファンデルワールス力もある。

 太古から“龍の血”とも呼ばれる。


 試してもないのに奥義だと確信した。


「ッ!!」


 走りながら腕を振った。

 紫が伸びてヤツに当たる。

 手応えがある!

 四方から金の指がきた。

 紫色の墨が柔軟な水のように受け流す。

 紫を抜けた金がヤツに戻る。


 隙を与えるな。

 彼女もわかってる。

 紫と白で一体になった攻撃。

 俺は紫を自分の手足のように撃った。

 ヤツは防戦一方。

 いけるのか。


 ヤツが唱えた。


「いけスレイプニル」


 あのバスが空中から、

 彼女のほうか。


 突っ込まれながらも彼女が、

 見惚れるほどの銀の連打。

 バスが藻屑のように爆発した。


 俺はこのまま紫の墨で、


「田中直也。ルールを決めたのはオレだ。支配権があるのもな。なにもわかってないお前は生活保護のまま墓に入れ!」


 一ノ瀬の口が動いてる。


「殺せグングニル」


 右手に白い棒のような物を持ってる。

 棒じゃない、

 槍か。

 槍がひとりでに動いた。

 フローのスローでも捉えきれないような速さで。

 来る。

 あの槍は。

 金と違う。

 龍でも防げない。

 当たれば、

 死ぬ。


 反射的に叫んだ。


「ゲインッッ!!」


 ぽんっと押された。


 心臓を狙ってた槍もそちらへ。


 彼女のほうに。


 槍が彼女に刺さった。


 刺さった部分が消滅する。


 消滅が広がる。


『ナオヤ、』


 フライヤ、


『トワちゃんを大事にして。わたしの分まで』


 フライヤ、


『さよならナオヤ』


 マスクから物体が抜け出た感覚があった。

 物体が彼女のほうに、


「フライヤ!」


 槍に刺された部分が、

 消滅しながらも、

 補強されるみたいに、

 復元していく。


 目的を果たしたような槍が、

 戻っていく。


 彼女は、まだ。


「うおおあああ!!」


 全身の魂という魂に火がついた感覚。

 どうなっても構わない。

 手足がもげても。

 ヤツを。


 槍がに戻ろうとした時、

 ロキは俺の体にいなかった。

 ヤツの右手側にいる。


『この瞬間を待っていた。すべてはこの瞬間、グングニルが一ノ瀬の手に戻る』


 ロキの右手の様子が変わった。


『制限はこの時の、一ノ瀬の右手のため』


 槍がロキの右手の中に、


「なんだと」


 ヤツがうろたえてる。


「殺せグングニル、を」


 槍が手から離れて、

 ヤツの仮面に。

 左側の目を。


「うおおおお!」


 ヤツが叫んだ時バリアが破られるのを見た。

 黄の眼が貫かれる。

 倒した。

 そう思ったが、

 まだ倒れない。


 なぜだ。

 そうか。

 左側の、

 黄の眼が、

 移動した!


 弱点を移した。

 眼を同時に潰すしかない。

 特殊警棒スティックを掴んだ。

 投げる、

 右側の眼に。


 スパークが散る。


 グリーヴの力で飛び込み、


「――ッ!!」


 黄金の脚で警棒を蹴る。

 宙に浮きながら、

 一回、二回、三回、

 まだ足りない。

 だけど、

 背中に感じた。

 温かさを。

 兎羽歌ゲインだと感じた。

 姿も違う。

 鳥のように。

 まるで不死鳥フェニックスだ。

 羽根になって、

 背中を押してくれてる。


「うおおおお!!」


 飛ぶように、

 四回、五回、六回目の蹴り。

 ヤツの眼の前でスティックが電気とバリアと衝撃で削れ、

 短くなっていく。

 それでもまだ!


 右手の平で、

 押し込むように殴るッ!


 右腕が砕けてもいいと思った。

 けど羽が生えたみたいに力が流れこんでくる。


 兎羽歌とフライヤの。


 右腕を伝って紫の墨が、

 ドリルのように電流を強化しながら、

 スティックの先へ、


 俺の意思と電気と絡み合った紫の閃光が叫んだ。


「死ねよオーディンッ!」


「おのれロキィッ!」


 紫の螺旋と電気と棒がバリアを貫き仮面も破壊して眼に刺さった。







 ヤツの体が燃えるのを見た。

 骨になり灰になって消えたのを。

 一ノ瀬は体を渡した時にもう死んでたんだ。




 勝ったのに勝った気はしなかった。

 俺は多分倒れたからそこから先はあまり覚えてない。







 けど手の中に鳥がいた。

 スズメだ。

 彼女が小さくなった果ての姿だと感じた。

 話したかった。

 だけど言葉は通じずに俺の手のひらから飛んでいった。

 どこにいったかわからない。

 戻ってくるのかも。

 悲しくて力もでなくて堪らなかった。

 俺は泣き続けて、

 疲れて眠った。






  *



『危ないところだった。ここまで追いつめられたのはいつぶりか』

『しぶといヤツ。そんな猫の姿になってまでね』

『近くにいた生き物がこの猫しかいなかったのでね。ロキ、お前こそ男でありながら女の身で恥はないのか』

『アンタだって前回は女だったろ。人のことが言えるか』

『まあいい。この姿ではあと百年は温存しなくては』

『今回は僕の勝ちだな』

『闘いに終わりはない。それはお前もわかっているだろう。ワタシがいなくなってもこの社会システムは回り続ける』

『ああ。だがあの子はこう思っていた。“今は変えられなくても未来は変えられると信じてる”とね』

『彼は大したものだ。その点は認めよう』

『ありがとう。見る目があるんでね』

『ところで彼はなぜ我々の匂いを感じていた』

『ああそれは最初にうちの娘と出会った時にね、たまたま勢いよく吸いこんだんだよ。僕たちの粒子を』

『アストラルの粒子か』

『急に外に出て一気に呼吸したのと、たまたまフローになったのと、偶然が重なったわけだ。

 鼻から入って細胞に少し影響を与えたんだな。脳にも痕跡はあった。だから半端な変身や姿ではバレる。まあ僕は天才だからバレないが』

『それがなければワタシは負けてなかったか』

『娘と出会ってなかったかもな』

『ならワタシの枠組みが招いた因果か』

『かもしれないね』

『次の戦いまでに考えなくてはな』

『また僕が勝つ。がね。次こそ死んでもらう』

『ああ、楽しみにしている。だが大上兎羽歌が完全に自立して直立した時、抜け出たお前の息子、フェンリルのアストラルはどこに行った』

『さてね。相応しい相手を見つけたのかもしれないな』



  *






 なにもかも元に戻ったように見えて、俺の人生は壊れたままだ。

 彼女が消えてから、何週間もアパートの前の塀に座り込んで外を眺めてる。

 働いてたスーパーを無気力に眺めてる。

 まるでホームレスだ。




 最近夢を見た。

 部屋で座ってる俺は携帯を持っていじってた。

 うちの犬がきて、勝手に脚の上に乗ってくる。丸まって脚の中で寝る。

 うちの鳥も飛んでくる。携帯の端に器用にとまって、鳴きながらくちばしで画面をつついてくる。

 うっとうしいなと俺は思ってた。

 だけど。

 あれほど幸せな時間はなかったんだ。

 あの時はわからなかった。

 二匹がいて俺の人生がどれだけ満たされてたか。

 バカだよな。今になって感じるから。

 泣いてももう遅いんだ。

 謝ることもできない。


 夢の中で俺は泣いてた。


 夢が覚めても泣いてる。







 日課みたいにまた塀に座り込んで首を下げた。

 夕焼けが暖かかったけど、気分がよくはならない。


 どうしていなくなったんだ。

 帰ってきてくれよ。

 頼むよ。

 なんで俺は手放した。

 大事だってもっと言わなかった。

 バカにして笑ってくれよ。

 帰ってくるって言ったろ。

 告白するって。

 だから待ってるんだ。

 ずっと。

 こうして。

 死ぬまで待ってる。




「そんなに泣かないで」




 心臓が跳ねた。

 怖くて顔を上げられない。

 スカートと脚だけが見える。


「遅いよ。どこいってた」


 声が震える。


「ごめんね」

「ずっと待ってた」

「うん」


 涙が止まらない。

 意地でも止めて立ち上がった。

 彼女の顔を見た。


 褐色の肌と、

 黄色と青色の目。


「こんなになっちゃったけど、ただいま」

「そんなのいいよ、おかえり」


 彼女を抱きしめた。


「私、また会えて嬉しい。暖かい」

「俺も暖かい。ほんとによかった、きみが戻ってきてくれて」

「うん。私ね、こうなってわかったんだ。フライヤは直也のことが本当に好きだったんだって。

 形がなくなっても直也と一緒にいたくて、ずっと待ってる。一緒に生きたから、また一緒に生きられるのを」


 彼女も泣いてる。


「フライヤは私の中にいる。わかるんだ。だって私も同じぐらい、直也のことが大好きだから」


 涙が溢れてきた。


「直也、やっとヒーローになれたね」


 あの時みたいに。


「ああ。俺も、兎羽歌が大好きだ」


 やっと。


「私も夢が叶ったよ」


 やっと言えた。













 今日から新しい店長が入るらしい。

 みんな新店長が現れるまでそわそわしてた。


「やあや、今日から店長になるセック・ハスです。外国人だけど日本語はぺらぺーらだから気にしないように。気楽にやりましょー」


 現れたのが師匠セックでビックリしたけど納得した。

 最近ルハラグループは乗っ取りにあって上層部が総入れ換えしたらしい。

 多分彼女の仕業だろう。「インターネットではなんでも手に入る」とか言って。

 隣にいる兎羽歌と顔を見合わせて笑った。

 やっぱり彼女は可愛い。




 兎羽歌は休職扱いになってて肌は海外旅行で焼けたという話になってた。

 目はカラコンでオシャレに目覚めたと解釈された。

 二人から話を聞くに、いずれは肌や瞳も変えられるようになるとか。

 安心はした。


 彼女が行方不明の間はどうしてたかといえば、正真正銘のになってたらしい。

 記憶や思考も薄れて自然の姿で活動してたとか。

 だけど段々記憶や思考が戻ってきたから変身で人間の姿に戻れた。

 もしかしたら、フライヤが兎羽歌を呼び戻してくれたのかもしれない。







 ヒーロー活動は今も続けてる。

 もちろん俺の最強の彼女も。

 スコルとハティも。

 まあ大体は靴箱に。







 今日は遅刻しそうだったから急いで家を出たがヘルメットは忘れない。


 ドアを開けると黒い猫がいてビックリした。


「ニャーア」


 鳴いたら離れていった。

 なんか見覚えがあるような。

 遠くからまだこっちを見てる。


 スーパーに行こうとした時、道路の近くで男が犬を連れてるのが見えた。

 あれは小山先輩か。

 犬を飼ってたのか。

 突然足をあげて犬を蹴った。

 軽くじゃないかなり強く。

 そのせいで犬の悲鳴も聞こえた。


「今日は休みだってのにオメェはよォ」


 腹の底からなにかを感じた。

 装着までは数秒もかからなかった。


「おい! 動物に暴力を振るうなッ!」

「は? なんだお前。コスプレ? 変態かよ」

「ヒーローだよ」

「は? キモ。めんどくせえ。大体ほっとけよ、うちの犬のことはおめぇに関係ないんだわ」

「関係ないで済むならヒーローはいらないんだよ」

「あっそー」


 ヤツがまた足を振り上げた。

 だが見逃さなかったし俺はすでに駆けてた。

 まず足を止める。

 けど自分で思ったよりも体が速い。

 フローがさらにスローに感じる。

 体の中から熱いうねりがわき上がる。

 ボディに一撃を入れる。

 骨は折らないように、

 けど再起不能にする。

 走り込みながら体の力が増したと感じた。

 感覚が鋭くなり、

 筋肉が増大していくような、


 メキメキ、

 メコメコ、


 妙な懐かしさを覚えた。


 けど今この瞬間、




 悪の匂いがする。




 ゴウン。







  END






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ヒーロウ・イン!(完結作) アンデッド @undead

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