九丁目 幼女の上にも三年
僕は女の子だけれど、自分のことを僕と呼ぶ。
好きなアニメのキャラクターがそうだったからだ。それ以外に特に理由はない。
僕は町のために生贄になった訳だけれど。
でも。
そのことに後悔はない。
僕は、僕の知っている僕のことが好きだ。
例え、僕の命がそもそも僕のものではなく、過疎化で苦しむ町のためのものだったとしても。
僕はこの町の夕日が好きだ。
山と山の間を落ちて行く夕日が好きだ。
光が柔らかくなって、町の影をゆっくりと伸ばし、最後は暗闇に溶けていくまでの時間が本当に好きだ。
そういう所が好きな人はきっと僕以外にもいるだろう。
そして。
きっと、そういう町の光景を、町自体も好きに決まっている。
僕の知る町を、僕はこうやって、生きることで支えている。
名誉なことだと思っている。
本当に、本当に少しだけ後悔したり、悲しんでいることがあるとするならば、僕がずっとこの町のためにしていることが、実を結ばなかったことだ。
儀式は。
間もなく終わる。
幼女十三人の人柱。
僕も含めた全員が殺されるという噂があるそうだ。
僕は悲しいけれど。
実はしょうがないかな、と思ったりもする。
町を愛することを別に強制するべきではないし。何が好きで、何が嫌いかを決めることが大切だとも思えない。
仮に。
この町のことを愛している人がいなくなってしまっても、僕はこの町が大好きだ。
もっと言うなら。
過疎化が進んでも、僕はこの町に住むだろう。もしも核戦争が起きて、この町がその真ん中になってしまっても僕はたぶん、この町を離れない。
儀式だとか、人柱だとか、犠牲だとか、生贄だとか、殺人だとか、銃だとか、不死身だとか。
そのどれもが必要なものには思えない。
そうではないか。
何故なら。
この町に住んでいるということ以上の利益などある訳もないのだから。
僕は車が通らない、大きな道路の真ん中を歩いてみる。
両側には住宅があるけれど、声も物音も聞こえてこない。割れた窓ガラスに血がこびりつているけれど、全く怖くない。
見慣れたからではない。
不死身だからでもない。
かなしいけれど、それも景色の一部だからだ。
もう。
二度と。
僕はここから出ることはないだろう。
この居心地の良い町の外に出ていくことはないだろう。
もしも。
町が壊れてしまうとしたら、それが直ぐそこにまで迫っているとするならば僕はもう何も望まないだろう。死んでしまうかもしれない。
町が。
僕の知っている町が。
この場所から消えてなくなってしまって。
誰もこの町に帰りたいと思わなくなったら。
僕は夕日の思い出をしっかりと心の中にとどめて静かに水の中にでも沈もうかと思う。
もう、何度も自殺するならどんな方法がいいかを考えている。飛び降りとか、首吊とか、服毒とか考えたけれど。
溺死がいい。
体が水に染まっていって、明確な意識の中、取り返しがつかなくなるところまで行ける感覚を楽しみたい。
他の幼女と話した時に、こんな世界は地獄だと言っていた。
本当だろうか。
ここは天国だと思う。
居場所がないのに、いたいと思える場所があるのだ。
こんなに幸福になれるところを僕は知らない。
そのうち、後ろから何かが近づいてくる音がする。
きっと、バイク。
いや。
トラック。
それとも。
何だろう。
話の分かる人で良かった。
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