二丁目 犬も歩けば幼女に当たる

 十三人の幼女を殺す。

 それが俺の仕事だ。

 訳もない。

 というか、そればかりしているから慣れた。

 実際、東京という場所に、人口は集中してしまっているのだから、田舎が今更できることと言ったら、人柱を使った、人口流出の強制停止という所だろう。

 そもそも、それ以外に方法などないのだ。

 東京でさえ、最初の頃は人柱を使ったわけで、それによって地球上の人口の約八割を集めることに成功したのだ。

 東京は隠してはいるが、こんなものは子供でも知っている事実である。

 なんにせよ、代わり映えのない現実が身に染みるようになった頃合いに、東京以外の場所は窮地に立たされた。

 人口流出、過疎化、その他の、ネガティブな事象を作った元凶である東京からの指令は、地方をそれぞれ盛り上げること。

 どう考えても無理がある。

 しかし、その無理が実現できなければ予算の配分は期待できなくなる。

 無理もない。

 もう、東京でさえ、数百年単位で考えれば立ち行かなくなることは目に見えていたのだ。結局、いつか、破綻する状況を冷静に見つめているふりをしながら、次の世代へと流していくという形でしか物事は進められなかったのだ。

 私は、今回の勤務地で早速。

 幼女を一人。

 殺害した。

 単純な仕事である。

 非常に良い給料であるし、申し分ない。

 殺す相手も、人柱になる幼女であるからまともに反撃をしてくることもない。してきたとしても、余り問題にもならない。

 私からすれば。

 これは仕事というよりも、どことなくやり続けている、趣味の読書やランニングに非常に近いものだった。ただ、時間を潰せればそれでいいのであって、その行為自体に魅力であるとか、今後の発展性であるとか、生き方をかけている、という事ではなかった。

 幼女を殺す。

 あと、十二人。

 私はある定食屋へと入った。

「いらっしゃい。」

 年配の女性が笑顔で私に頭を下げたが、直ぐに強張らせる。

 このようなところというのは、外部の人間が入ってきた時にどうしても緊張するものなのだ。何せ、身の回りにいる人間しかやって来ないし、そこで落とされるお金がただ回り続けているだけに過ぎないのだから。

 厨房の見えるカウンターへと座った。

 隣の椅子には新聞紙が乱雑に、その隣の椅子には文庫本が置かれていた。

 客が来ないのか、それとも、客が来たとしてもおよそこの程度で問題がないのか。

「あの、何になさいますか。」

「幼女はいるか。」

 私のその言葉に、年配のその女性は首を傾げる。

「あの、意味が。」

「幼女はいるか、と聞いている。」

「えぇと、その、小さい女の子ならいますよ。そりゃあ。でも、ほら、最近なんだかあ増殖したみたいで。」

「何故か増えた、ということではなく。増殖したのか。」

「えぇ、その、増殖。」

「研究者でもいるのか。」

「あの、その、意味が。」

「わざわざいつの間にか増えた、という言葉ではなく、増殖という単語を使った意味を聞いている。」

 その瞬間だった。

 わき腹に濡れた感覚がある。

 触ると、ホースのようなものがあった。

 私の小腸だった。

「ご、ごめんなさいね。その、あたしも、その、生きていきたいの、この町で。」

 目の前にいる年配の女性店員の手には平たい金属片が握られていた。その先が青白く光っている。

 抉られたのか。

 その武器のようなもので。

 わき腹の肉を抉られたのか。

 状況は理解できたが、それだけだった。

 口から漏れ出る血は、カウンターに広がるといつの間にか置かれていた水の入ったグラスのあたりで止まった。

「この町が好きか。」

「あたしは、その、ずっとこの町で育ってきましたし。町の過疎化を止めるための行動がこうやって、幼女十三人の人柱になったとしても、続けるべきだと、その、はい、そう思ってます。実際、町は今、外に出ることができない恐怖で活気を取り戻していて。」

「幻想だ。」

「例え、幻想だったとしても。」

「その行動をしても、次から次へと東京から変化を求められ続けるだけだ。」

「だとしたら、それも、結局は同じでしょう。」

「それなら。」

「このまま町が廃れるのを見ていられない。限界集落も、そうではない町も村も群も、市も、独立しようと動いてる。あたしたちだけが、ここに居続ける訳に。」

 その瞬間。

 その女性の顔が吹き飛んだ。

 もう。

 首から血が漏れ出ることすらない。

 肉を焼かれたのだろう。

 首だけのない、その状態で正面に向かって倒れる。

 音は鈍く、そして、肉がただ床に叩きつけられる音は滑稽にも思えた。

「東京のお役人さん。もう、死んでください。」

 幼女だった。

 目当ての幼女だった。

「お前らを殺すのが仕事だったんだがな。」

「こっちも同じ。」

 そりゃそうだろう。

 これは最早、過疎化の進んだ町で行われる。

 幼女と東京の戦いなのだ。

「もう、死ぬのか。俺は。」

 幼女はおかっぱ頭で、前髪を揺らすのが癖のようだった。

「どう思いますか。」

「死ぬな。」

「分かってるのに、行われる無意味な質問は、時間の無駄だし。それに。」

 幼女が店員の体を蹴り飛ばしてため息をついた。

「余計な命を削ることにもなる。」

「同感だな。俺もそ。」

 顔の下半分が吹き飛ばされる。

 私の上唇がカウンターに置いてある、つまようじの上にへばりついたのが見える。

「話の分かる人が相手で本当に良かった。」

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