第2戦記

レイエンドが空軍本部に配属されてから数週間が経過した。

出動命令は無く平和な日々を過ごしていたが、遂に彼の元へ一通の電報が届く。

本部での初任務の報せである。


「至急第94テントに集合されたし。尚、急を要する為、直ちに作戦を執行。戦の準備をせよ」


この電報を受け取ったゼロは今、此度の任務遂行を担う上官の紹介の為に他の隊員達と共に第94テントで待機している。

招集された者たちは新兵卒から尉官、佐官など階級はバラバラで構成されているが、皆、手足にブレスレットを嵌めており、その形状から別名【環空(リング)】とも呼ばれている。


これはエクセレス王国の空軍兵が他国から【空の戦士】と呼称される所以となった彼等の必需品だ。

この呼称に至った経緯は、彼等が私たちの頭上に常に存在し、遮蔽物のない縹渺たる『空』を戦闘領域としている事に起因している。


環空(リング)の内部構造については情報漏洩の観点から極秘事項となっている為、配布時には空軍本部技術開発局より使用法についてのレクチャーを施される。

空軍に属する者たちは皆が必ずこの指導を受けて初めてブレスレットが支給される為、支部所属の隊員には空軍本部より技術開発局の職員が派遣される。


ゼロが装着している環空(リング)は支部時代からの愛用品で、羽根のマークが彫ってあり、その羽根の感触を指で感じつつ時間を潰していた。







戦は勝利こそ全てである。

戦の勝敗は国の命運を分ける。


誰しもが知り得る戦争の掟だ。

勝利を掴む為には、個々の能力、資金、兵士の数など多くの要素が絡むが最も重要な物は『情報』である。

相手の情報を得る事が出来れば、能力、資金、数、全てが劣っていようと勝利を自国に持ち帰る事が容易となる。


つまり情報1つとってもその値打ちは計り知れない。

その事を考慮し、例外を除き参謀や指揮官を除いた者に情報を伝えるのは極力出発直前と軍会議で定められている為、レイエンド及びこの場にいる誰もが何を対象に戦うのか未だ知れていない。



程なくして指揮官が登場した。

それに伴い皆の緊張は高まる。

命の奪取の命運を左右する有難いお話がいよいよ始まりを迎える。





「俺は空軍本部・ガデュワンダー中佐だ。」


彼の名前だけの自己紹介に招集されたメンバーは騒めき出す。

彼は荒くれ者であり素行の悪さが目立つが、その力量は確かであり、何より勝率が空軍本部内に於いても上位に位置している事から、戦をする上で政府や参謀から重宝されている男の1人である。

レイエンドも彼の顔は支部時代に新聞で何度も見かけたほどだ。


この男には作戦など殆ど皆無に等しいとの噂だ。

ひたすら突撃あるのみ。


敵を休ませるな

息つく暇を与えるな

何も考えるな

無になれ


さすれば勝利は我が国へと参らん。

この作戦で勝利を収めてきたのだとしたら驚きを隠せないが、空軍本部の基本理念『命は国の為にあり』を遵守する彼は皆の憧れの的である。

実際に招集受けた兵士の表情は恍惚と興奮の入り交じった表情をしていた。


第94テントに招集された兵達は無所属の隊員たちである。

どの部隊にも所属が許されていない彼らが理念を遵守し尚且つ勝率の高い彼に指揮して貰える、その事実は兵士を高揚させるには充分過ぎる内容であった。

また、武勲を上げる事が出来れば彼の部隊への配属の可能性が浮上するが、最大の難点は彼が指揮権を握った戦の生存者数は限りなく少ないという事だろう。


部隊配属と武勲は矛盾した位置付けだという事に気持ちの昂った彼等は気付かない。

そして恐らく彼等がその事実を知り得た時は残念ながら――。



ガデュワンダー中佐は話を続ける。

「愚兵共、喜ぶがいい。任務は『異常繁殖した小鬼の殲滅』である。赤子でも成し遂げられるこの任務に失敗は存在しない! よいか!?」


「「はっ!」」


「小鬼の殲滅に伴い、第1陣は『無能者』、続いて『覚醒者』の順で飛び立つ。無能者共、貴様らに重要な第1陣を、そして晴れ舞台を用意してやった。感謝せよ! 」


「「はっ! 光栄に思います!」」


「これより小鬼の殲滅へと向かう。」


ガデュワンダー中佐は招集された兵士の顔を見渡した後、今日1番大きな声で最終確認を行う。



「愚兵共! 貴様等の命は誰のものだ!」


「「国の為にあり!」」


「宜しい! 順次、飛翔を開始せよ!」


その言葉を合図に第一陣の人々は天幕の外へと向かい、中隊長の後を追って目的地へと飛行場へと向かう。




今、繰り広げられた作戦は何の意味があった?

意味を持たせるだけの中身など何処にあった?

任務の重要な核となる話はされなかった。

異常繁殖の理由と『地上』生物である小鬼の殲滅に空軍部隊が、それも本部の人間を動かさざるを得ないのか、その説明は一切ない。


俺たちの本当の敵は何処にある?

俺たちの本当の味方は何処にいる?


レイエンドは不安を両肩に乗せたまま『無能者』の列に並び、雲に支配された薄暗い空へと飛翔した。

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