第4戦記
無能と非常に不愉快で非常にマトを得た枠組みに嵌(はま)る力で勝ち得た戦果は彼らの自信と歓声へと置き換わる。
「ガデュワンダー中佐。敵は背を向け『生らずの森』へと逃亡。我らの勝利であります」
「追撃を許可する」
「え」
「追撃と言ったのだ。殲滅して初めて勝利だ。以上」
「了解」
中隊長は未だ興奮冷めやらぬ無能者へと次の指示を出す。
「注目! ガデュワンダー中佐より命令、これより敵の殲滅を遂行するため追撃を行う! いいか、敵は我らに恐れをなした! 勝利は目前である! 1匹たりとも絶対に逃がすな! 総員突撃!」
動く者はおらず、戸惑う者たちばかりだ。
薄暗く底知れぬ不気味さが心にねっとりと絡みついて離れない。
この独特の居心地の悪さは間違いなく目の前に聳え立つ森が生み出している。
「生(な)らずの森」と呼ばれるこの森は古くからの言い伝えが残っている。
生らずの森には入ってはいけない
一度足を踏み入れれば生きて帰ることは叶わない
綺麗な花を咲かせる糧とならないことを我らは祈ろう
されど、行かねばならぬ。
僅かに残る勇気の盾を前に翳し彼らは前進する。
「突撃!」
二度目の命令を背に彼らは行く。
恐怖に打ち勝った小さな盾がある限り
それが壊れない限り何処までも行(ゆ)ける
小鬼。読んで字の如く小さな鬼だが、鬼ほど狂暴ではない。
醜悪な容姿に加え脂肪の目立つ体型であり知能指数の低い小鬼は、石斧そして短剣といった武器を用いる近接戦闘を得意とする。
小鬼は空の戦士である空軍兵の敵には到底及びはしない格下の相手である。
しかし、厄介な事に小鬼は其々の武器に毒を塗る事でその短所を補完する。
知能の低い小鬼が如何にして毒の概念へと辿り着くのか。
生態系ピラミッドにおいて限りなく下位ランクに位置付けられる小鬼は自然の摂理に準じて圧倒的に個体数が多い。
何が契機となったのか定かではないが、数の利点というものを彼等は知ってしまったのだ。
『小を犠牲にして大を生かして活かす』
彼等は観ているのだ、強者の戦いを。
観察しているのだ、じっくりと。
仲間や住処が襲われようと真っ先に逃げ、草木に隠れその隙間から観察を繰り返す。
――次なる人肉を貪る為にただ貪欲に――
先にも述べた通り彼等の武器は石斧や短剣で間違いないが、「最大の武器は何か」そんな議論が持ち上がった時、誰しもが口を揃えてこう発言するだろう。
「彼等の最大の武器は、その『ずる賢さ』だ」と。
一方で中隊長へと命令を下した後、ガデュワンダー中佐は戦況を空軍本部情報管理総轄室室長へと連絡用無線イヤホンにて報告をしていた。
「ヴァンラー少将。此方ガデュワンダー中佐です。応答願います」
数秒後、イヤホンから声が届く。
「戦況を報告せよ」
「はっ。先程、第1部隊が小鬼の軍隊と遭遇。コレを撃退。現在、『生らずの森』にて追撃中であります」
「曰く付きの森か。まあいい、何か異常はあるか」
「いえ、報告は受けておりません」
「偵察部隊との通信が切れたのがつい先日のことだ。予想外の事態が誕生した可能性がある。注意を払い随時報告せよ。」
「了解しました」
風に煽られ揺れた葉が擦れ合うことで生み出された音に驚き、慌てて辺りを見渡してもそこには出口の見えない暗闇がいつまでも彼らを包み込む。
この森は小鬼の庭みたいなものだ。
いつ何処から地上の彼らが攻撃を仕掛けてくるか常に注意を張り巡らし神経をすり減らす環境は人間にとって苦痛以外の何物でもない。
「くそっ! 醜い化け物め。逃げないで出て来やがれ!」
「こりゃ長引くぞ」
「いいじゃないか。任務遂行の暁にはガデュワンダー中佐の部隊に入れるチャンスだぞ。」
「それでももうこんな薄気味悪い任務は懲り懲りだぞ」
「あぁそうだな。――え?」
彼が見たモノ、それは弓を構え、醜悪な笑みを浮かべた小鬼の姿であった。
望まぬ来訪者が笑顔で出迎える。
恐怖の訪れとも言うべき不快なベル音。
彼らは余計な事をしてしまったのだ。
『後悔』
これに尽きるだろう。
これ程、的を得た言葉の組み合わせがこの世にあるだろうか。
それを今、彼らは体験する。
突如言葉を詰まらせた同じ小隊の仲間。
共に飛翔していた彼等が見たモノは、地へと落下する仲間の姿とその腹に刺さる黒く汚れた一本の矢。
何処かで呻き声が上がる。
また1人森の中に姿を消した。
更に1人
空軍兵無能者部隊の被害は増していく。
「中隊長! 至急応答願います!」
「そんなに慌てて何だ?」
「木に乗った小鬼から攻撃を受けています。や、奴ら弓を使っています!!」
「怖さのあまり幻覚でもみたのか、馬鹿どもめ。」
「第一部隊の被害は現在も広がっております! 応援を、がはッ」
「おい、どうした! 応答しろ! おいッ」
中隊長が慌ててガデュワンダー中佐へ事態を報告している頃、レイエントは木々を避けながら右腕に生える黒矢と共に飛行を続けていた。
彼が攻撃を貰い受けたのは矢での攻撃が本格化してから直ぐのことであった。
それだけの間に殆どの部隊が壊滅状態に追い込まれていた。
彼らの拠り所であった勇気の盾はたった数本の矢によって粉々に砕かれた。
逃げ場のない恐怖。
統率のとれない人間など相手ではないとばかりに攻撃は繰り返される。
地に堕ちた人間にも悪の手は伸びる。
陰から現れた数本の手が無能者を飲み込む。
生らずの森には入ってはいけなかった
一度足を踏み入れれば生きて帰ることは叶わないのだ
綺麗な花を咲かせる糧となってしまったのだから
認めねばなるまい。
大いなる脅威へと奴らは成長した。
空軍兵は内に宿った恐怖にばかり気を取られ僅かな変化を見逃した。
それがこの結果だ。
いつの間にか強食から弱肉へと立場が入れ替わっていた。
たった一つの新たな攻撃手段が劇的に戦況を変えた。
まるで、遠距離型充填式ライフルの登場と同様の効果をもたらした。
成長するのは何も人間だけではなかった。
逃げ道は存在しない。
逃げ道は分からない。
最早、彼らに打つ手はなかった。
敗色の匂いがより強まった瞬間である。
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