第3戦記
丈の長い草が風に煽られ揺れている。
誰にも邪魔されることなき空からの景色とあってはこれが1つの風物詩となっていた事は間違いないだろう。
しかし時を経る度にソレが不規則に不気味さを醸し出してしまっては残念ながら一種の情景としては失格だ。
中隊長は後続の小隊に合図を出し地表近くまで高度を下げていく。
幸(こう)は、人とは明らかに違う異形の生物の姿を捉えられた事だろう。
一方、不幸な事は中隊長並びに空軍兵が、密集し大移動の最中である膨大な数の小鬼を、無能と罵られる自分たちが後続の覚醒者が現れるまで相手し続かなければならない理不尽さに直面したことだ。
大きな塊となった彼等が何処を目指し、何を目的として行進を続けているのか知る由も無いが一刻も早く解決すべき事案である事は誰しもが否応もなく理解した。
小鬼の殲滅を任務の成功と称するならば一体どれほどの時間を有するのか、加えて彼ら異形の生物が木々の隙間から途切れる事なく次から次へと薄現れる為に、どれ程の規模を有しているのか見当がつかない事実に気が遠くなる。
レイエンドは支部に所属していた時にも同様に駆除以来は舞い込んできてはいたが、これ程の小鬼の軍勢を目にするのは初めてであり、何かしらの異常事態が起きていることは容易に想像できた。
覚醒者の部隊が到着するまで待機し、その後は彼らを中心に戦を展開させることが定石だろう。
少し列からはみ出る形で前を除くと、中隊長が耳に嵌めた連絡用無線イヤホンを通じて指揮官ガデュワンダー中佐へと状況報告と指示を仰いでいるところだった。
「ガデュワンダー中佐。進路0-4-0、小鬼の軍勢を確認。恐らく殲滅対象だと思われます」
「了解。此方、到着予定10分。標的の殲滅を許可する」
「はっ」
中隊長は後ろに控える第1部隊へ命令を下す。
「隊列を組め! 標的は我らの下方にあり! 殲滅作戦に移行する――総員構え!」
余りにも無謀な作戦が下された。
これまでに小鬼との戦において敗戦したことは長き歴史においても記されてなどいない。
その絶対的勝利が無謀とも呼べる作戦につながる。
そして、もう一つの要因は彼ら無能専用に開発された武器の性能試験のためであろう。
空軍本部技術開発局が総力を上げてつくり出した試作品・No.F9386は充填式の初の遠距離型ライフル銃である。
この試作品の性能を調べるにあたり研究者と軍上層部との間で生産数に関する議題が持ち上がった。
前者は無作為的で意味のあるデータ取得を目指しているため配布できる試作品は多いに越したことはないが、後者は限られた資金の中で役に立つかどうか確証の持てない作品に必要以上の金を割きたくない上に、No.F9386の使用者は攻撃手段の持たない無能者であることも上層部が資金を渋った理由の一つだ。
会議は何度も場を設けて行われたが、双方の意見は平行線を辿るばかりであった。
ある時、両者の意見を取り入れた形で一時的ではあるが終止符がうたれる。
限られた資金の中で研究者が製造できた試作品は出撃した無能部隊の半数にも満たない少ない数であった。
空軍にとって無能者の存在など取るに足らないが、今後も新たな武器の提供を望む彼らが技術開発局との間に蟠(わだかま)りを生じさせない様に弾き出した実に頼りのない限界値がこれである。
その僅かばかりの試作品に期待を寄せた無能者による戦が始まろうとしていた。
「撃てェ!」
放たれた幾つもの無慈悲な銃弾は小鬼の集団に被弾する。
大きな反動が彼らを襲いはしたが、それを上回るだけの威力がNo.F9386には込められていた。
この遠距離型充填式ライフルは我が国の戦闘スタイルを大きく変えるだけの、今まで存在しえなかった確かな力がNo.F9386には隠されている事をたった一度の攻撃が証明してみせた。
戦争の歴史が変わる、その分岐点(ターミナル)に立ち会えたことは軍人として類(たぐい)まれない喜びである。
ああ、体が震えてしまう
これ以上の歓喜がどこにあろうか
胸の奥から湧き上がるこの感情に支配されてしまいたい
実に甘美な高揚である
「呆けている暇などないぞ! 急いで隊列を入れ替えろ!――次の銃装隊、構え!」
幾度も隊列を入れ替え、小鬼の軍勢へと銃弾を撃ち込んでいるが果たして本当に敵を倒しているのか、見ている者がいればそう問いかけても何ら不思議でないほど変化に乏しい。
如何に強力で画期的な新兵器だとしても1度に1発、加えて生産数の制限が合わさってしまっては、この現状すら受け入れざるを得ないのだろうか。
No.F9386数の制限と敵数との差が比例関係を辿ることを望み、無我夢中に放ち続ける空軍兵士の顔には、馴れない武器の反動によるものか次第に疲れが見え始めていた。
そして小鬼に隠された草原が顔をみせ始めた時、無情にもそこで銃弾は底をついてしまった。
「総員、抜剣せよ! 一人でも多くの敵を葬れ! 我らの命は国の為! その意義を胸に――突撃!」
上官の号令を合図に第1部隊は降下を始めた。
徐々に露わとなる敵の顔
心拍数が上昇している
心臓の音がうるさい
荒々しい息遣いが体を打ち鳴らす
それらに周りの音が消されているかのような錯覚
恐れを捨てよ
そして一瞬の静寂が辺りを支配した後、けたたましい音が再び戦場に流れ始めた
戦が始まって数分。
この数分の間に幾つもの声が戦場を行き交っている。
「距離を取れ! 近付き過ぎるな!」
「くそッ切られた」
「離脱し手当に当たれ!」
「A班、C班は右に展開! B班は双方の援護に回れ!」
小鬼は接近する空軍兵に気付くも、飛ぶことが出来ない彼らは空からの攻撃に為す術もなく次々に蹂躙されていく。
中には反撃を試みて空に石を投げたり剣を振りかざしたりするが、空にいる限り攻撃は全く意味をなさない。
小鬼は空軍兵の数を遥かに凌駕していたが、空の利を得た絶対的有利な状況がその差を少しずつ着実に埋めつつある。
そしてこの余りにも有利な状況下に空軍兵は当初抱いていた時間と兵力差の心配は杞憂だったかと思い始めるようになった。
空から地の獲物を討ち取るその姿はさながら空の狩人とも体現できる程の勇姿である。
空軍兵が有利に物事を進めていたが、それは何の前触れもなく起き、戦場に新たな流れを生んだ。
驚くべきことに小鬼が一斉に身を翻し森の中へと走り出したのだ。
知能指数が低い代表格でもある彼らが起こした集団行動に他ない。
普段ならば気付けるはずの変化。
だが、蓄積した疲労に加え、一方的な虐殺の前に気分の高揚している彼等は大きな変化を見逃がした。
何故魔物と称され、強さを重視する生物が1つの大きな集団となって行動を共にしているのか遭遇した時点で気付くべきだったのだ。
カレラに有利な状況へと少しずつ戦況は変化を遂げている。
早く気付かなければ、少しでも早く知らなければエクセレス王国空軍本部は不名誉以外の何物でもない[敗北]の2文字を歴史に刻むことになる。
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