過去と動き

 凡そ4年前ーー



「あぁー! 今日も楽しかったし美味しかったなぁ! フォレスのお母様の料理ってどうしてあんなに美味しいんだろ!」


 当時、ブロッサム家は子爵の地位に、そしてラグドール家は伯爵の地位にいた。身分の差はあったが、昔から両親同士が仲良く、私は友達のフォレスの家へ遊びと食事を兼ねて頻繁に行っていた。


 フォレスの母はまるで本当の娘のようにレイを可愛がっていた。外交を主に家業としていたラグドール家はフォレス家の優しさに感謝をしていた。


「今度、料理を教えてもらいたいなぁ」


 私はそんな事を考えながら自宅へと帰った。私はフォレス家を訪れた際に料理を教えてもらっていた。


「ここはね、こうやって切るの」


「わぁー! 本当だ! さすがおば様、すごい!」


 作った料理をみんなで食べて貰って感想をもらい美味しくなるように考えて、何をするにも楽しかった。


「レイちゃん、この味を足してみたら?」


「うん! おいしくなった!」


 手には不慣れながらも頑張った証の絆創膏を貼ったりもしてたけど楽しかった。

 そんな毎日が本当に楽しかった。


「レイちゃんに似合うと思って」


 私が誕生日の時にはネックレスをくれた。

 フォレスが誕生日の時には頑張ってケーキを作ったが形はイマイチ。

 そんな不恰好なケーキを美味しいとまで言ってくれた。

 フォレスが誕生日の時は両親から扇子を貰っていてそれを大事そうに抱えていた。

 彼は一緒に遊ぶと、肌身離さず持ち歩くその扇子を高らかに掲げ、何かをする度に一世一代の晴れ舞台と騒いでいた。



 だが、そんな楽しかった日常は突如、終わりを告げる。


 ある日、私の両親の乗っていた船がワイバーンの群れに襲われたという報せが入ったのだ。


 ラグドール家も彼の家もその報せを受け、急いで情報収集に長けたものを集め、彼らを派遣した。


 しかし、好ましい結果が耳に届くことはなかった。それから私はラグドール家の当主になった。当主となったことで私の自由な時間は極端に減り、挨拶回りや仕事のこと、やるべき事が一気に肩へと重くのしかかった。


 その重圧に耐え切れず、周りの仲の良かった、お世話をしてくれた彼の家の人々にも酷いことをしてしまった。


 そんな時だった。

 当主の移り変わりという変化によってラグドール家の力が落ち込み、迷惑をかけないようにと距離を開けてしまったその時期に現領主は彼の家へ向けて行動を起こしたのだ。


 元々、彼の家は武功や外交での成績を上げて今の地位に就いたわけではない。先代当主が彼らの舞に魅力を感じ、半ば無理矢理、今の地位に就かせたのだ。領主はそんな理由で子爵の地位にまで登り就いた事をよくは思っていなかった。




 この器の小ささ、或いはこの時代であるからこそ事件が引き起こされた。

 それは貴族が集い、社交パーティーを開いた時、午後から雨の降る嫌な日に事は起きた。


「フォレスやお母様は来るかな」


 怖いな、怒られるかな

 フォレスは一緒に踊ってくれるかな

 また、前みたいに仲良くしてくれるといいな。


 しかし、彼の一族も貴族である為、当然この会に出席する筈だったが、会が始まってからというもの、いつまで経っても姿を現さない。


 どの貴族もその事実を不思議に感じてはいなかった。


 他貴族との交流会を名目にして集められた彼等に向けて壇上に上がった現当主は口を開いた。



『皆、揃ったようで私は嬉しい』



 当然、若輩者ながらレイは勇気を振り絞って疑問を口にした。


「まだ来ていない貴族がいます。何か知りませんか?」



 すると、彼はこう続けた。



『初めから存在していない家のことは私の知る範囲ではない』



 レイは直ぐに行動を起こし、1番信頼していたベンガルを急いで彼の家へと向かわせる事にしたのだ。


 それから遅れてレイも現場に到着したが、見るも無惨な状態であった。

 毎日のように訪れていた温かみのある家は原型も留めないほどに壊され、その上轟々(ごうごう)と燃やされていたのだ。仲良くしてくれた人たちも至る所に倒れていた。


 これ程の、およそ人が成したとは思えないほどに酷いものであった。

 目を閉じて、懐かしい景色を思い出すだけの落ち着きも、心のゆとりも持ち得ない。


「なにが、何があった?」


 私は先に着いていたベンガルに報告させると、全滅したという1番聞きたくない情報が返ってきた。

 両親を失ったレイにとって、たった1つの心の拠り所を壊された。

 あれほど良くしてもらった家族を壊された。


 もうレイの心はボロボロだった。

 でも不思議なことに自分の取るべき行動も自然と分かった。



 アレはこの街には要らない



 レイは静かに身体を反転させ、一際大きな屋敷へと歩を進めた。

 ベンガルが主の前に出て、両手を広げていた事に気付かぬほどに理性を保てずにいた。


「お待ち下さい! レイ様! 何処へ向かうおつもりですか」


「そこを退け、ベンガル。今からなすべき事をなすだけだ」


「なりません! そんな事をしても誰も報われません! ーー今は、今はまだ、力を蓄えるべきです! 次第に人々の不満や怒りが募るでしょう! その時、彼らを導く人が必要です! 今は我慢の時なのです」


「黙れ。そんな先のことなど興味はない!」


 再び歩きだすレイ。

 ベンガルの横を通り抜け領主の屋敷へと向かう。

 その後ろ姿に向けてベンガルは口を開く。


「私の家族はレイ様しかいないのです!私にも貴女と同じ苦しみを背負えと言うのですか!?」


 その言葉にピタリと足を止めるレイ。

 彼女だって心の奥底、何処かでは分かっていたからベンガルの言葉に反応した。

 1人で立ち向かったところで何も出来ないことに。

 だからといってこのまま何もせず時間を過ごすだけの穏やかさは持ち得ていない。

 今まで我が子のように育ててくれた家がこの様になっても何も出来ない自分に腹が立つ。今の非力な私では、敵討ちの一つも出来ない。

 それならどうすればいい

 どうしたらこの怒りと哀しみを無くすことが出来る

 どうしたら、、、


 力が抜け座り込む。

 顔だけゆっくりと振り返るレイ。


「なぁ、ベンガル。教えてくれよ。どうしたらいい。どうしたらこの気持ちが無くなる?」


「無くさなくてよいのです。無くすのは事を成してから、それまでは耐えるのです、何も出来ず、貴女の大事なものを守れぬ私をお許しください」


 そう言って片膝をつき手を差し出しながら思いの丈を伝えるベンガル。その手を見て顔を見て、長く私に連れ添ってくれる男の顔を確認する。次第に、目頭が熱くなる。


「ちがう、ちがうんだ。謝るな、お前が悪いわけじゃないんだ、お前が悪いわけじゃっ!」


 そこから先、言葉は出なかった。嗚咽が喉を支配してしまったことで。

 まるでダムが決壊したかのように次々とその美しい瞳から雫がこぼれ出したことで。

 誰にも見せまいとベンガルに寄り添ったことで。


 雨が次第に強くなっていく。レイの泣いてる姿を隠すように、レイの泣いている声をかき消すように何時迄も雨は降り続けた。

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UNKNOWN 中城十六夜 @ap54csur

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