第8戦記
「身体の調子はどうかな?」
私が目覚めてから数日後に訪ねてきた人物がいた。
「少しばかり怠気はありますが、会話を出来るほどには回復しております」
「そうか、それは良かった。おっと、自己紹介がまだだったね。私は空軍本部情報管轄室・室長ヴァンラーだ。以後宜しく頼むよ、ゼロ・レイエンド大尉」
レイエンドは挨拶を返そうと姿勢を正そうとするが、これをヴァンラーは手で制止させると首を横に振る。
「ヴァンラー少将。私の名をご存知なのですか?」
「私だけではない、今や軍の大半が素晴らしい君の武勇を知っているのではないか?」
「私は軍の財産でもある環空(リング)を破損させました。褒められることは何もしていません」
「君が命を国のために使わなければ今頃、もっと窮地に立たされていた事だろう。後悔に悩むのなら今後、より働いてもらおう」
医務室にヴァンラーの笑いが起きる。
「感謝致します」
国のため――そう捉えてくれるのならまだいい。
貴様等の絵空事に付き合うなどゴメンだ
「そこでだ、今から大事な話をするが、今回のことで軍は君の価値を評価し直そうと動き始めた。そのための1つの方針としてレイエンド君、暫し、君に部隊を率いてもらいたいと思っている。部隊といってもまだ一人の部下しかいない小さなものだがな。」
「お言葉ですが、私は支部から異動となってから時間があまり経っていません。他の方々は納得されるでしょうか」
「こちらも言葉を返すようだが、大尉。今なら問題なかろう、これだけの実績を本部の初任務で成し遂げたのだ。反発する者は少なかろうが、無理なら自分で創り出す事だ」
「善処いたします」
その返事に首を縦に動かしたヴァンラーは次の話題へと移る。
「大尉、申し訳ないが、戦況についてレポートを仕上げなくてはならないのだ。詳しく話してもらってもいいかな」
私は知る限りの情報を伝えた。
ヴァンラー少将は真面目に険しい顔して聞いていたが時折、驚いた顔をしたかと面白そうにニヤける。
そんな事を繰り返しながら彼は私の話を傾聴していた。
「よく分かった。有難う。それで今の話の中にその右腕のことは出なかったのだが何か理由はあるのかね?」
レイエンドはそっと新たな右腕に触れる。
そこにはもう温かさはなく冷たいひんやりとした感覚だけが肌を伝う。
「憶えていないのです。恐れ多くも環空を破壊してからの記憶が定かではないのです。」
「そうか。致し方あるまい。では、今はゆっくり休み給え。」
「お心遣い感謝致します。」
――それから更に数日後、私のもとへ新たな電報がやってきた。
ここはエクセレス王国・王宮都市・玄武の間
名誉あるエクセレス王国への貢献及び他国への武力証明も兼ねた大事な式典が開催されることに伴い、来場した各界の重鎮や同業者は正装に身を包み栄えある受賞者の姿を一目見ようと、凡そ数千を超える席が埋まるほどの人々がこの場に集った。
「世界が不安定な中、無能が顔を出し始めた異質とも呼べる此度の戦果は致し方ないと思うが、我がエクセレス王国の発展につながるか些か疑問は残るところですな」
「ええ。しかし無能とはある意味、無限の可能性を秘めていると、これまでの歴史を大きく覆す契機となる第一歩やもしれません。どちらにせよ、彼の今後の働き次第で全ては決まるでしょう」
「えらく肩を持つような発言ですな。何か思い入れでもあるのですか?」
「なにも。ただ、私は歴史の変わり目を目撃できる可能性に興奮しているのです――そうですね、彼のファン第一号といったところでしょうか」
「そこまでの感情をお持ちとは。しかし残念ながら無能とは人知れず散る運命ですよ」
平行線を辿る2人の会話に終止符を打つように、会場内に別の声が響く。
「総員起立! 只今より『武勲行賞の儀』を執り行う! 」
式典は順調に進み、一人また一人とその名を玄武の背に刻んでゆく。
そして人々の心の内にも国の未来を担う強き戦士の名を同様に刻む。
「あの男はまたも武功を立てたのか!」
驚きの声を上げる者
「剣姫、相変わらず美しい女だ。いつか儂のモノにしたいものだ」
欲に塗(まみ)れた者
戦果を持ち帰った英雄に対する賛美と侮辱。
いくつもの声が上がっては消える。
次は本式典における最後の貢献者。
だが、多くの来場者は立ち上がり出口へと向かって歩き出したことで発生するはずのない音が玄武の間を覆う。
「最後まで出席されるのですかな?」
「この後ある予定のつなぎですよ」
「そうですか、私は失礼させて頂きます。次に会うことのない人の名は覚えない主義――いえ、これは言葉が過ぎましたな。では。」
初めから期待などしていなかったが、こうも現実を帯びて目の前に突き出されるとどこか虚しさを覚える。
それにしても私の武功では、この場に参列など烏滸がましいと思えるほどの偉大な功績がズラリと並んでおり、これではまるで無能と有能の差を見せしめにするかのような公開処刑に近い。
未だに会場に残っているこの人は私の小さな武功を嘲笑いたい偏食者なのだろう。
モノ好きには困ったものだが、それ以上にこんな大物が私に行賞をするなど迷惑でしかない――その大物とは空軍本部第一部隊隊長『バルドレッド・エスカー中将』である。
身長170cm程度の私では見上げるしかないこの男は、様々な武勲は然(さ)ることながら他国からも畏れられるほどの有名人だ。
もちろんのこと、覚醒者ではあるが能力については謎に包まれており対策を立てることは容易ではない。
少しして武勲行賞の儀を執り行うに至った経緯が司会者の口から告げられる。
「ゼロ・レイエンド大尉は無能者部隊の一員として異常繁殖した小鬼の殲滅作戦を実行。しかし、生らずの森にて矢を扱う小鬼、アブンの上位種大型アブンの新種発見並びに殲滅に成功。また、大型の鬼ジャックと名乗る知能を併せ持つ敵の殲滅。これ等を成し遂げ我が国の未来を繋げた。この成果は武勲行賞の儀を行うに値すると判断した。よって協議の末、現在の尉官のクラスから佐官のクラスへと昇格とし『少佐』の任へ付くものとする。以上」
それは厳格な空気の中、告げられた昇格命令。
なるほど、佐官になったことで晴れて部下を持てるというわけだ。
ヴァンラー少将、どうやら貴方の好意と私の迷惑は糸で繋がれているかもしれません。
お膳立てでもしたつもりか、悉(ことごと)く迷惑な話だ。
何の因果か、迷惑は続く――もう1つの問題は目の前の男。
「そうか。大変だったな。よく戻ってきた。そんな危険な任務を担うなんて俺は、俺は! 実に悲しい!」
なぜ泣いている。
「でもレイエンド少佐。これから一緒に仕事できると思うと俺もとても嬉しい!」
「光栄であります」
レイエンドの行賞の儀が終わりを迎えると、式典を覗いていたのではないかと思うほどに退席した権力者は玄武の間へと戻り自席へと再度着席をした。
そのまま各界の重鎮からの感情の籠(こも)っていない賛辞を耳に通し終えた時、漸く此度の武勲行賞の儀、第一部は終わりを迎える。
少しばかりの休憩を挟み、レイエンドは部屋を移動し第二部、交友の場へと足を運んだ。
エクセレス王国の料理人が腕によりを振るって多くの料理がテーブルの上に置かれた。
交友の場という事もあり、挨拶も兼ねてテーブルを回れるような会食となっている。
重鎮、権力者はもちろん武勲を得た者たちの周りへと自ずと人は集まり、息子や娘をそれとなく紹介するなど一族の繁栄を兼ねた国内での争いが起きていた。
一方のレイエンドは何も、誰も寄ってくる事無くただ食事を堪能していた。
無能というレッテルは戦だけに影響を及ぼさず、武勲を得ても尚この有様であった。
何処に行こうともやはり例外な人物はいる様だ。
「お食事中申し訳ない。お時間はあるかな、空軍本部所属ゼロ・レイエンド少佐」
「!?」
口に含んでいた食べ物を急いで胃に流し込み、口を軽くふき、振り返った先にあったその顔は武勲行賞の第一部での偏食者その人であった。
「あなたは確か私の行賞に出席されていた方ですね」
「覚えてくれていて何よりです」
嫌味でも言いに来たのであろうか。
無能である自分が玄武の間での表彰に相応しくないと、加えてこの場で料理を口にしている場違いさを通達しに来たのであろうか。
「無能の表彰式に居た人ですから印象が強かったのです」
こちらも嫌味を含めた言い方をすると、男は一瞬キョトンとした顔をした後、軽く笑い何か誤解しているようだとレイエンドに告げる。
「私は貴方のファン第一号ですからね。変な考えは持たなくても大丈夫ですよ」
男はポケットから懐中時計を取り出し時間を確認した。
「今はそれだけを言いに来ました。今後の活躍を楽しみに待っていますよ、少佐。では」
「有難うございます。私も次、お会いできる日を待っています」
男との会話を終えると、変わる様にしてまた新たな人物が挨拶にやって来た。
「人気者であったな少佐。」
片手にワイングラスを持ち、もう片手には柑橘系の飲み物を持ったヴァンラー少将である。
差し出された飲み物にお礼を言いつつ、返答にうつる。
「一時的なモノでありましょう。私のような無能でも成し得たことなど、有能な人々は直ぐにそれ以上のことを、特に上層部の方々選りすぐりの我が国の空軍部隊なら尚更のことです。」
「謙遜し過ぎるのも問題であるぞ、少佐。それに私は驚いてもいる。あの方と仲がいいとは知らなかったのでな」
ヴァンラーの視線の先にはレイエンドのファンであると公言した変わり者の姿があった。
「少将、あの方は一体?」
「なんだ、あの方が誰かも知らずに会話をしていたのか。あの方は国の政治に関わっておられる『ナミュール・ゴルドール卿』だ。政治に関わっている他の者と比較すると大分(だいぶ)若いが、その手腕は中々のものと聞いておる」
そんな大物が私に興味を持つとは意外だ。
「それに、今回の武勲行賞の儀を行うにあたって、君の名を推薦したのはどうやらナミュール卿との噂もある。それが本当なら大きな後ろ盾を手にしたものだ、だが――妙な噂も出回っている、気を付けたまえ。」
無能である私を推薦したのはどうやら彼らしい。
私のファンというのもあながち嘘ではないのかもしれないな。
だが、気になる点も残る。
「妙な噂でありますか」
「目的は知らぬが、夜な夜な奴隷オークションに顔を出しているらしい。他人の空似という事もある。そもそも所詮は噂だ。此度の英雄がそんな小事を気にせずともよい」
これ以上、余計な詮索はするなという事だろう。
政治に介入する人物を知りすぎるのも何かと危険な匂いが漂う。
幸いなことにどうやら今は敵対関係という事でもなさそうな雰囲気の上、彼ほどの人物が味方に居るのなら何かと都合がいいのも事実だ。
無理に関係を崩すような位置に自ら押し上げる必要もない――ここら辺が潮時か。
しかし、また新たな疑問が生まれる。
「奴隷オークション、ですか」
未だにこの国では奴隷制度が活きている。
合法的――つまり国が許可をだし、一般市民と近い生活水準を送らせることを確約した奴隷商は何店舗か存在していたことは耳にしたことがある。
「少将」
ヴァンラーは人差し指を唇へと持っていきレイエンドの言葉を遮る。
「レイエンド少佐。私も馬鹿ではない、態(わざ)と君に話したのだ――夜、服を着替えて私の部屋に来たまえ――改めて佐官への昇格おめでとう」
「お祝いの言葉、胸に沁(し)みる思いであります」
少しして会食は終わりを迎えた。
それから数時間後、コツコツと廊下を歩く音が壁に反響する。
コンコンコン
「私です」
扉が開かれるとそこには昼間の時とは異なる格好をしたヴァンラー少将が待っていた。
「では、ゆこうか。この国の闇の一部を拝みに」
ヴァンラーに引き連れられ、レイエンドは夜の街へと姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます