第7戦記
森の奥深く、誰も近寄らない場所にソレは横たわっていた。
身体は傷だらけで、右腕付近の空軍服が赤黒く染まっている様は何とも比喩しようがない。
騒がしい音と共に私は目覚めた。
それと同時に五感は泣き出す。
何もそれは痛みだけに限った話ではない。
糞尿に様々な体液、そして人であっただろうモノ。
表現しようのない異臭が肌を、鼻腔を駆け抜けその反動に嘔吐した。
ビチャビチャと戦場へ飛び立つ前に食した僅かばかりの飯が地を濡らす。
ジャックと名乗った新たな敵の登場。
そしてソレを囲う様にして部下が複数名。
無謀であった。
あれほどの小鬼が飛び立ちながらも倒せないのでは絶望的だ。
朧気な意識に容赦なく流れ込む忌々しい歓喜がソレを後押しする。
少しして複数の小鬼がレイエンドを外へと乱暴に連れ出し放り投げた。
地を滑るももはや彼に抵抗する力は無い。
「エラベ セイカ シカ」
生というものが示す先は何か分からないが、視界の片隅にうつる同国兵士の残骸を見ればどちらを選択しようと自由は得られないだろう。
残された選択肢は自ずと一つに導かれる。
「生だ」
ジャックと名乗るこの場で一際大きい鬼は錆付きボロボロの剣を手にとる。
「ウタゲ ノ ヨキョウ ト ナレ」
地を揺らす体躯の持ち主が一歩また一歩と群がる小鬼を押し退けレイエンドへと近付く。
小鬼は濁音混じりの言語を放ち二人を囲む。
観客は盛り上がる。
粘り気のある薄汚い涎が口から飛び出ては弧を描く。
レイエンドの武器は少ない。
あるのは、小さな拳銃、剣、最後の切り札。
「ザコガ ソノ エラビハ シダ」
勝手に殺してくれるな
「逃がしてくれたらいいだろ」
それは淡い期待
「イキタ ニンゲン ノ アジ ハ ヒサビサ ダ」
お前らは極上の味
「食われねぇよ。食わせねぇよ。私の体はワタシだけのものだ」
私は苦い味。
全く不釣り合いな戦だ。
「ククク――ナラセ!」
賭けたモノの重く大きな戦いが幕を開ける。
傷ついた体にジャックの重い攻撃が響く。
攻撃は効かない。
幾度も吹き飛ばされ、切られ、その度に異様な盛り上がりをみせる。
レイエンドの体は立っているのもやっとなほどに息が早い。
剣の重みに身を任せ、地へと刺したままワタシを預ける。
「モウ オワリダ キサマニ トウ 【ホシ ノ カギ】 ヲ シルカ」
聞いたこともない言葉。
帰ったら調べてみるか。
はは――儚い願望なのだろうな。
神様、アナタも中々の策士の様だ。
奇怪な謎をこの期に及んで私に聞かせるのだから。
好奇心と失望、そして希望
この謎を解ける機会はいつ廻(めぐ)る事か
出来ればどうか、その時の私が好奇心と記憶を持ち合わせることを――
「知らないな」
ジャックとやら、貴様なんぞにこの解を出せるわけがない
出してもらっては困る
私の楽しみをとるんじゃない
「サラバ ダ」
生き残った方が権利を手に――
烏滸(おこ)がましいほどに渇望する――
右腕を切り落とされ、蹴り飛ばされたのにも関わらず矮小で弱い人類の一欠片(ひとかけら)が笑っている異常な光景をジャックは確かにみた。
それはこれまでの観察で得た中にはない新たな情報。
圧倒的な力の前に誰もが恐怖し命乞いした所をじっくりと壊れるまで嬲(なぶ)る事が人肉を最上の味へと繰り上げるのだと幾つもの屍が教えてくれた。
だから今回もそうした。
当たり前の群衆の中に必ず存在するこの例外的異物はなんだ。
これは何を意味する――
誰か分かる者はいるか――
なぜ銃をこちらに向けている
そんなものは効かないだろ
これまでの戦闘とも言い難いじゃれ合いで気付いているはずだ
知っているだろ
何を狙っている
何を なにを ナニヲ
錆付き、毒が塗られた矢で犯された右腕
貴様らもワタシの味を知りたかろう
集(つど)え 少しでも多くの小鬼(ゴブリン)共よ
生々しく新鮮な私を知るために、集(つど)え
ジャック、そんな訝(いぶか)し気な表情をするとは貴様は誠、人を彷彿とさせる賢い魔物である事よ
だが、なに、気にするな
それは【ほし の かぎ】とやらの情報料だ
腕の一本はクレテやる
3
味わえるなら味わえ
2
レイエンドは引き金をひく
自らの右腕へと向けて
1
「どかーん」
ジャックは爆炎の直前、確かに感じた
我らよりも姑息で厭らしい生物――そうだ、これがニンゲンだった
次は一瞬でトドメヲ
観察を行わねば、情報を得ねば
次はじっくりと――
けたたましい爆音が生らずの森を支配する。
それだけの攻撃は発生源にいたジャックや小鬼、大型アブンをいとも簡単に消し飛ばす。
こうして、1つの決着が大規模な演出と共に幕を下ろした
――そして森のとある場所
右腕がない一人の男の姿が映し出された。
同じ森とは思えない清んだ空気が漂う独特な空間
驚くべきことに、彼以外の人物もこの森にはいた。
「名も知らぬ客人よ、儂は礼を述べねばなるまい。薄汚く荒れ果てたこの森に新たな芽吹きを起こしたお主の偶然の行動に」
ソレは静かにレイエンドの体に触れると周りが光り出す。
「永遠の命は叶えられないが、感謝の気持ちを込めて『大地の鼓動』を授ける。これで其方は再び生きる事が可能だ。此れを、どう扱うも、扱わぬも、何をするにも自由だ、好きにするといい――さあ、そろそろ起きる時間であろう。儂は貴殿の新たな門出を祝福しよう。光輝く未来が待ち受けることを。そしてまたいつか会える日を楽しみに待つとしよう。」
一瞬輝かしい光が強まり、収まった時には既にソレの姿は何処にも見当たらない。
しかし、彼の右腕には太陽に照らされ、鈍くも確かな存在感を醸し出して光る鋼鉄の腕が新たに生えていた。
時を同じくして、生らずの森にて異常爆発を察知した空軍本部管制塔は情報管轄室・室長ヴァンラー少将へとこれを報告し、それを受けた彼は情報管轄という立場もあり即刻、諜報部隊を編成し出動命令を下した。
部隊は生らずの森にてその原因と状態整理を行っていた際、一人の無能者を発見し本部へと連れ帰る。
それから数日後、医務室にてレイエンドは目を覚ました。
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