第10戦記

ゼロは新たな部下を引き連れ、エクセレス王国空軍本部より『ベラーティア』へとやって来ていた。


「ゼロ、なんかココ嫌な空気がする」


「周りを見てみろ。俺たちを遠目から観察している」


ベラーティアはエクセレス王国内で他の街と比べても規模はそれなりに大きいが、何故か活気は無く、窓の隙間から此方を覗く人々と目が合うと彼らは部屋の中へと身を隠す。


考えに耽(ふけ)りながら歩いているとドンっと何かがゼロの足に当たった。

下を見ると、目に涙をため、今にも泣き出しそうな男の子の姿があった。


「出て行け! この街から出ていけ!」


遠くから母親だろうか、血相を変えて此方に向かって走ってくる姿が目に映る。


「ぐ、軍人様! 申し訳ありません! 何でも致しますから! どうか息子の命だけはお助け下さい」


子供を背中に隠し、地面に頭を付けて命を助けてくれと懇願している。


「貴様、誰にぶつかったのか分かっているのか! 加えて、出て行けだと!」


「も、申し訳ありません!」


「やめろ。ただぶつかっただけだ。大事(おおごと)にするようなことじゃない」


「しかし!」


「いいんだ。俺も前を見てなかったからな。すまなかった」


「ありがとうございます! 何とお礼していいか」


「申し訳ないのだが、どこか落ち着ける場所でこの街の事情について教えて貰えないだろうか」


「はい、分かりました。では、此方へどうぞ」





カランカランと小気味のいい鈴の音が木造建築の喫茶店の中へと響き渡る。

促された椅子へと座り、辺りを見渡すとお客は1人もいなく閑散としていた。

ゼロは出された珈琲に口をつける。

仄かな苦味が口の中に広がり、身体を温める。


「この珈琲はとても美味しいですね。友人になって欲しいくらいです」


「気に入って下さってよかったです」


少し落ち着いたところで向かいの席に着いた先ほどの女性がこの街の現状について話してくれた。


「ここで生活をしている者達は、この街に納めるだけの食料や金品といった税を払うことの出来ない者達なのです。つまり、ここの住人達は日陰の存在、存在しない者達ということです。


ですが、昔は違いました。

もっと豊かで子供が外で元気に遊ぶ声が響くいい街だったのです。

変化が訪れたのは、先代領主が年齢と共に退去し、その代わりとして先代の長男が新しく領主になってからでした。


この男が就任してからというもの、先代に比べ納める税が倍近くに増えこの街はどんどん住みにくく楽しくもない所へと変わっていきました。そして、次第に街は廃れていきました」


「軍はどうしたのですか? それに何故、此処に残っている?」


「権力の前に全ては消えているのでしょう。誰も助けてはくれませんでした。それに噂では領主と軍は裏で繋がっているという噂すらあるのです。私が此処に残る理由は、小さな子を連れ、漸く生活出来る様になった場所を手放して新たな場所で女手一つで育てる事は難しいと知っているからです」


「聞きたい事は分かりました。ありがとうございます。しかし、もう1つだけ聞かせて欲しいーー軍の悪口を軍人の前で言う事がどういうことか分かってて話したのですか?」


びくっと身体を反応させるが、真っ直ぐ目を見据えて口を震わせつつも深く頷く。


「それは子供にも手が及ぶかもしれないのに?」


「はい。だってこの子は何も話していません。聞いてもいません。家の中での友人との会話なのですもの」


「そうか、そうですね。とても有意義な時間でした、また会う時を楽しみにしています。では、失礼します」


喫茶店の外の空気は、先ほどよりも不思議と身体に馴染んだ。


雲に覆われ、隠れていた太陽が顔を出し、そこから射し込む陽の光が街を優しく照らしていた。

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