第8話 決意ある瞳に人はどこか惹かれていく

 先を歩く鷲獅子グリフォンに乗った兄妹の後ろを、アルバートは馬に乗ってついて行っていた。調教された軍馬であるとはいえ、おびえるように進む愛馬を落ち着かせるようにアルバートは兄妹の斜め後ろに位置取りを変えながら、小さく鍔を鳴らした。


 その音に、何かあれば己の主が戦ってくれるのだ、と奮起したのだろうか、小さく声を挙げると意気揚々とした足取りへと変わっていった。


 アルバートは勇気を出した愛馬を労わるように一つ撫でて姿勢を正し、周囲へと視線を巡らせた。五年前とは全く様相を変え賑わいを取り戻した町並みには整然と建物が並び、道路は馬車でも通行がしやすいように道路網が整備されていた。戦禍からの復興の際に区画整理をしたのだろう。計画的に形造られた都市だということだが、どうにも交通の便を優先しすぎて市街戦には弱そうだ、というのがアルバートの感想だ。


 特に、北方にあるバーウィックは帝都アイラブルクとは違って木造の建造物が中心になっている。これは冬の寒さを少しでも和らげるための生活の知恵だということだ。


 石造りの家だと、外気の寒さで外壁そのものが冷たくなってしまい部屋の中まで冷え込んでしまうらしい。そのためか、バーウィック城も石造りなのだが、内側は木材が張られている。


 雪が降り積もるバーウィックの冬を経験したことないアルバートからすると奇異に映る造りではあるが、木造だからこそここまで復興が早いのだろうとも思う。


 が、これでは敵に火計を仕掛けられでもしたら大惨事になってしまう。


「つまり、このバーウィック城まで攻め込まれるようなことがあれば、それはほぼほぼ負けが確定した状況だということか……」


 ぼそり、アルバートが呟いた。そのまま、アルバートはゆっくりと考え始める。自分がこの街を、この領を攻めるとしたらどうするか、を。そのうえで、守る側が取る対策でどうされたら嫌なのか・・・・・・・・・・・を纏めていく。


『守るならば攻めることを考えろ。敵に何をされたら攻めづらくなるかを考えれば、何をすべきか見えてくる』


 これが帝国軍が守勢に入った時の基本的な考え方だ。もちろんこの考え方は、防衛戦の構築や砦の建設位置を決めるときにも考えられることだ。


 上の空にならぬように、アルバートは自分の中で幾つもの策を考案し、組み合わせ、廃棄し、また創り上げ、と少しずつ洗練させながら手綱を操り、そして気が付けば城のほど近い、上等な屋敷の前にたどり着いていた。


 おや、と馬の脚を止めれば、そのさきで兄妹が鷲獅子から降りてこちらへ歩いてきた。


 慌ててアルバートも下馬すると、


「アルバート殿にはこちらの屋敷を使ってもらいたい。少し小さいかもしれんが、そこは我慢してほしい」


 どこか謙遜するように笑うカラムにアルバートはとんでもないとばかりに首を振った。


「いえ、今までは隊舎の一室を使っていただけですのでこのような屋敷を頂戴することになるとは思ってもおらず……恥ずかしながら、私一人ではろくに管理すらできず持て余してしまいそうで……」


 アルバートはそう言いながら横目で屋敷を見やった。こじんまりとした屋敷の石造りでおそらくは、内側は板張りになっているのだろう。屋根から煙突が生えているということは暖炉が備え付けられているということだ。


(これ下手したら将軍とかの屋敷よりいいものだぞ!?)


「その辺のことは心配せずともよいですぞ!アルバート殿の不在時や忙しい時などは城の使用人たちから何人かを屋敷の管理に回すことになっておりますから!」


 勢いよく言い切ったミリアムの笑顔を見てしまったアルバートそれ以上言い返すことは出来ないと悟り、


「では、ありがたく」


 頭を大きく下げた。


「うん。ならば、今日はこれで。ゆっくりと休んでくれ。明日からは城に出仕してもらうことになる」

「は!」


 頭を下げたままカラムの言葉に耳を傾けていく。


「……既に聞き及んでいるとは思うのだが、現状、我が領ではまともに軍備が整えられておらず、国境や領内の砦の管理は帝都から派遣された軍に任せっきりの状態だ……連隊長としてこられたアルバート殿には悪いが、この領にはあなたに任せられる軍勢はない」


 悔しそうなその言葉に、アルバートは口を挟まず、顔を上げず、静かに次の言葉を待った。


「だが!」


 決意の満ちた声に顔を見せぬようにアルバートは笑みをつくった。


「このままで良いわけがない。この状況を、何が何でも挽回しなければいけない」

「その通りです!自分たちの城を、領をいつまでも他人の手で守られる情けない我らではありません!」


 双子がそろって気炎を上げていくのに合わせるようにアルバートは己の内に火がともるのを感じた。


「しばらくは軍事顧問として活躍をしてもらう形になる。苦労をかけるが、よろしく頼む」

「お願いいたします!」


 そこまでを聞いて、アルバートは一度、姿勢を正して二人を見据えた。二人の翡翠のような目は澄んで、暗くなりはじめた中で煌めいていた。


「お任せください!全力を尽くしてお二人を支えてまいります!!」


 その輝きに魅せられて、アルバートは高らかに宣言した。

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