第12話 子供の子供っぽいところをみると安心する
アルバートはイスに沈み込んだまま上を向いて、眉間をほぐすように揉み始めた。
「あ~っ……これじゃ、
例の案、とはアルバートが昨日思いついた、帝都アイラブルグにある国立学園への入学と留学である。
全部で12人いる爵位持ちの少年少女当主達のうち、重要な職務についている数人を除いて国立学園に入学・編入していただき、同年代とのつながりを深めていただいたり、あわよくばそこで良縁を結べれば……
さらに重責を負った数人も年に一度でもいいから留学をしていただき、経験を積んだり、思い出をつくったり……
というのがアルバートが当初思い描いていた理想だ。
が、ことは簡単に進まないだろうことは容易にわかる。
言うなれば、彼らはアレス領における最高意思決定者たちだ。そんな彼らが領を長期間離れることを領民・部下が果たしてどう思うか。
ただでさえアレス領は危機を多く抱えているのに、今は領全体の体力が低下している状態なのだ。そのうえ、自分たちを庇護してくれる貴族がいなくなったら、領民が逃散する可能性は極めて高くなる。
そうなれば、アレスの復興はさらに遠のき、彼らが学園から多くのモノを持ち帰ったとしても、焼け石に水にしかならない。
「だとしても、やる前から諦めちゃいかんよな」
よし、とばかり両手でほほを叩いて気合を入れなおす。と、同時に部屋の扉が軽やかにノックされた。
どうぞ、と努めて柔らかに声をかけたところで、勢いよくドアは開け放たれた。
「アルバート殿!!」
「ご足労頂きありがとうございます、ミリアム様」
元気よく現れたミリアムに、アルバートは立ち上がり大きく頭を下げながら声をかけた。
「なに、そう畏まってくださいますな。アルバート殿は皇帝直下、帝国軍の連隊長!爵位を持たぬと言えど決して侮れる立場ではないのです!」
「しかし、そうは言ってもですね……」
「しかしもかかしもありませぬ」
流れるような口調で、ミリアムはアルバートの言葉を遮った。
「我はアルバート殿を尊敬しておるのです!そのお方に畏まられてしまえば、壁があるが如く接してこられれれば、我は……どのようにしてあなたに接すればよいのか分からなくなってしまいます……」
勢いよく、アルバートへの憧憬を表わしたかと思えば、次第にその声は弱さを増していき、最後は消え入りそうなほどに小さくなってしまった。
「ミリアム様……」
その様子に、アルバートは何と声をかけてよいか分からなかった。ただ、頭を回してもどうにもならないことだけはわかった。だからこそ、アルバートは思うがままにゆっくりと話し始めた。
「いきなり、畏まらずに話すことは出来ませぬ」
ゆっくりと切り出したアルバートの言葉に、ミリアムがうつむいた。
「しかし、時間をかけて、この領にいる皆さまとは分け隔てなく接することの出来るように努めていきますので、今日のところはそれで勘弁願いませぬか?」
懇願するように声をかけたアルバートに、ミリアムはゆっくりと顔を上げ……
ニカッとした明るい笑顔を浮かべていた。
「言質は取りましたぞ!」
「……は?」
笑みを深めたまま、持ってきていた資料を応接テーブルへと広げ始めた。
「何をしておられますか?アルバート殿?さあ、説明を始めますので席についてくださいませ!」
勝手知ったるなんとやら、とでも言えばよいのだろうか。ミリアムは手早く支度を整えたところ、ソファにドッカと腰を下ろして、アルバートに対面へと座る様に促した。
「……つかぬことをお伺いしますが、先ほどのやり取りはいったい?」
少しつっけんどんとした、やや怒りというか呆れというか複雑な感情をないまぜにしながらアルバートが問えば、
「いやなに、ロドやティナが我のところに来るなり『アルバート殿に距離を置かれてているようだ』などと申すものですから、果てどうしたものかと我なりに考えて行動しまして……」
等と少しも悪びれた様子もなく晴れやかなまでに言ってのけた。
これに、はあ、と大きくため息を吐くしかなかったアルバートは吐き出した分の息をゆっくりと吸い込む。
「それであのような芝居を……」
やれやれ、とでもいいたそうな微妙な表情を浮かべながらソファへと腰かけると、対面には不機嫌さを最大にまで引き上げたような顔があった。
「我は演技であのようなことはいいませぬ!」
ぷいっと頬をふくらませてそっぽを向いたその姿がまるで幼子の様で、アルバートは、つい吹き出してしまった。
その音に反応してアルバートの方に向き直ったミリアムはジト目でふくれっ面だ。それがまたなおの事おかしくて、アルバートはくつくつと肩を揺らし始めた。
「な、なにが、おかしいのですか!?」
抗議の声を挙げたミリアムの顔が真っ赤に染まるのをみて、アルバートは声を出して笑い始めるのを必死で我慢しながら、ゆっくりと話した。
「いえ、つい、可愛らしくて……」
「なぁっ!!」
その言葉に、ミリアムは驚いたように身を跳ね上げた。顔はより一層朱みを増している。アルバートが落ち着きを取り戻すまでの間、執務室は奇妙な静寂に包まれてたのだった。
30歳独身の軍人貴族は栄転なのか、左遷なのか分からない人事をされるそうです 不破 雷堂 @fuwafuwaraidou
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