第5話 意外と普段からやっていることの理由って知らないことが多いよね

 戦勝記念パーティーの夜からちょうど一月後、アルバートは四頭立ての馬車を五台、騎兵十騎を引き連れて、帝都アイラブルグを出発した。


 出発するまでの間にグレイブ隊の多くがアルバートに付いて行きたいと駄々をこね揉めに揉めたのだが、丁寧に説き伏せて諦めさせた。


 今、アルバートが引き連れている十騎は、六日ほど前にアレス公爵領から迎えに来た護衛の騎士たちだ。まだ皆年若く、戦の経験すらないということではあるが、そのいずれもが公爵の陪臣貴族、その当主だというのだから驚きである。


『ああ、あ、あ、あの、ほほ誉れ高き騎士であらせら、』


『そのように緊張なされなくとも大丈夫ですよ、取って食いやしませんから』


 ちなみに初対面の時は、ガチガチに緊張されてしまいまともに会話をすることすらできなかった。


 彼らがいうにはアルバートの活躍は遠く、アレス公爵領でも広く知られたものであり、アルバートは公爵配下の中で抜群の人気で尊敬の的であるとのことで、そんな無邪気な評価を直接にぶつけられたアルバートもまた恥ずかしさで声も出ないありさまだった。


 それでもアイラブルクを発つ頃にはなんとか互いに意見を交わすことができるようになったのであるが、よそよそしさを消すことは出来なかった。


 アイラブルクから公爵領の都市バーウィックまではおよそ二十日ほどの道のりだ。アルバートはその期間になんとか彼らとうまくコミュニケーションを取れるようにならなければ、と一つこの旅路の裏目標の様なものを立てていた。


 かくして始まったバーウィックまでの行程は、何の障害もなければ問題も起きず、穏やかに進んでいった。ティスタ平原を


 裏目標については半々といったところまで達成できている。挨拶やちょっとした日常会話であればそうそう違和感を感じたりすることはないのだが、ふとした瞬間にやはり壁を感じてしまうのだ。


 やっかいなのはアルバートが皇帝直下の直臣であるのに対して、ロッド達は公爵配下の陪臣であることだ。


 アルバートは自分よりも格の高い彼らには敬意を払わねばならないし、彼らもまた、アルバートに不遜な態度をとったり軽々に扱うことは出来なかった。何せ、下手をすれば公爵の顔に泥を塗り、皇帝に喧嘩を売る、死罪を免れない行為となるのだ。


 まだその辺の距離の取り方を上手く出来ていないことが変にお互いを隔てているのだ。


 そんななかでも、最初の代表挨拶を務めたロッド・レキ・アリントンとは軍学を通じて深い議論を交わせるまでの仲になれていた。ロッドは18歳で子爵相当の地位にあるらしい。バーウィック以外に四つある都市の内一つを任されているということからもやはり格の高い貴族なのだろう。


 が、そんな彼は議論の中でアルバートを師と慕うようになり、師弟関係を築けたことで壁を突破することが出来たのだ。


「もう間もなく、この丘を越えればバーウィック城が見えてきます。夕方には無事、城にたどり着けることでしょう」


 先頭をいくアルバートに、あとから追いかけてきたロッドがそう教えると、


「ならば、丘の頂上で大休止といきましょうか」


そう言って、アルバートは全体に日々わたる声を出した。


「このまま丘の上で大休止をとります!まもなくバーウィックにたどり着くとのこと!その後の休息は無しとしますのでゆっくりと体を休めてください!」


 その一言に、各々が各装具を点検して何かを落としたり不具がないかを確認していく。何かあれば大休止の間に補修をしなければならないからだ。


「すいません、何もかもアルバートさんにお任せしっぱなしで……」


「なに、構いませんよ。こうした長距離の行軍ともなれば経験がものを言いますからら。むしろ行きは皆様だけで帝都まで来られることが出来たのです。私が余計に馬車など用立てたのがいけなかったのです」


 アルバートが後ろを見やると隊列の中央に二列ずつ馬車が並んで進んでいる。


「ずっと聞きたかったのですが……」


 ロッドも馬車の方を見ながら、しかし、その後を濁した。後をついだのはロッドと同い年の少年、ランディ・レキ・リンドグレンだ。


「あの馬車の中身が何かってこと?」


「おま、ばか、もうちょっと遠慮ってものをだな……」


「うーん、でも、聞かれちゃまずいものが入ってたらこのままお城まで連れてく方がまずいと思うんだよね。先生ならそんなことないんだろうけど、ね」


 そういって笑うランディはロッドとは違い、かなり砕けた様子で接してくる少年の一人だ。ロッドと同じく子爵相当に当たり、都市を所有する貴族だ。同い年のロッドと仲が良く、この部隊の隊長がロッドならランディが副隊長と言えるだろう。


 特にアルバートとの関係において言えば、ロッドがアルバートを慕って遠慮しすぎるところがあるのに対して、ロッドは一歩踏み込んでくるのが特徴的だ。


「そうですね、ともすれば、城を危険にさらしかねないものが入っておりますよ」


 その言葉に、ロッドとランディは馬上で固まった。その様子を見ながら、アルバートは少し笑みを深くする。


「馬車のうち一台は私の私物と、行軍中の食糧、あと少量ですが飲み水が入った瓶が積んであります」


 そこまでを聞いたところで、二人は思考を取り戻した。


「そして残りの四台にはそれぞれ、馬具、武器、防具、農具を。空いたスペースには予備の食料と水を積んでいます。公爵様への手土産、といったところでしょうか」


 そして、残りを聞いて大きく息を吐きだした。


「もー、あせらす様なこと言わないでよ、先生」


「本当ですよ、心臓に悪い冗談はやめてください」


 アルバートの一言が冗談だと思った二人は笑って言い合った。しかし、アルバートは先ほどまでの笑みを打ち消して真剣な表情だ。


「ともすれば、と申し上げましたよ。お二方」


 真面目な声の響きに、二人は身を引き締めた。


「いいですか、馬具と武具、防具がそろっており馬車を引いている馬は合わせて二十頭、あとは人がいれば二十の騎兵が出来上がるわけです」


 二人が真面目に聞いて大きく頷いている。


「もしも、私が都市の陥落を狙う敵で、いつでも二十の騎兵を動かせるように準備して潜入、敵軍が都市に近づき、あわただしく準備に追われている状況で、この二十騎を駆って夜間に街に火を着けながらかく乱して門を破壊した、その状況でお二人はまともに戦えますかな?」


 二人は、何も答えることが出来なかった。


「お二方のところでも都市への出入りには検問をおこなっているでしょう?今では、主に入場税を取り立てるためのものだとされがちですが、こうした敵の潜伏を防ぐためにも重要なのです」


 おお、と二人が目を丸くする。


「軍事行為の中には政治をしっかりとこなせば防げることが多々あります。特に、防衛戦は日頃からの統治が密接に直結いたしますから、そういったことも考えなければなりません」


「はい!」


 と、大きな声で答えた二人に、アルバートは笑みを深くした。


(ありがとうございます。クリストファー将軍、あなたから頂いた『今日から始める都市経営―都市防衛の基本』のおかげで何かちょっといい話が出来たみたいです)

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