第4話 新しい赴任先に行くときのドキドキは緊張か期待かわからない

 謁見の間で論功行賞が終わった後、城の大広間では戦勝記念パーティーが開かれていた。貴族も軍部も入り混じったこの会合は社交の場であり、ここでの繋がりが出世に影響を及ぼすこともあるのだが、中には関係ないとばかりに早々と城を立ち去る者たちも多くいた。


 アルバートもそんな考えを持った一人だ。「引継ぎ資料を作成しませんと……」等ともっともらしいことを述べながら戦勝記念パーティーを後にした。いまだ冷たさが混じる夜風を全身に浴びながら司令部への道をまっすぐに歩いていく。


 その後方から声が投げかけられた。


「後でオレのところに来いと言っておいただろう」


「いえ、将軍ほどのお方になると多くの人々に囲まれてお近づきが出来ないかと思いまして」


「……何を言う、お前の方がより大きな人垣を築きあげて身動きすら取れなくなっただろうよ」


 アルバートは苦笑しながら足を止め、その横にクリストファーの姿が並んだ。お互いがちらりとその姿を確認して微笑みを浮かべあう。そのまま一言も発しないままで二人は歩調を合わせて歩き始めた。


「お前は今回の件、どう見ているのだ」


 隊舎の姿が徐々に大きくなってきた頃合いに、ようやくクリストファーが短く、鋭くアルバートに声をかけた。


「いい話だと思っておりますとも、何せ今までにない大部隊の指揮が取ることが出来ますし……何よりも、また、あのご兄妹にお会いできると思えば」


 思いがけない返答に、一瞬クリストファーは目を丸くする。


「そういえばお前は“アレス解放戦線”にも出ていたな、その時か?」


 しかし、瞬時に立ち直って何事もなかったように会話を続ける。


「はい、もう5年になりましょうか……グレイブ隊として初の任務がアレス解放戦線でした」


 夜空を見上げながら、アルバートは当時のことをしばし思い返した。継承内乱の後で、アルバートは騎士として叙され、グレイブ隊を率いることとなった。その初戦こそがアレス解放戦線、アレス公爵領のバーウィック城への援軍だった。


「バーウィック城を包囲していたアルシュバール教国軍を撃退したあとでアレス公爵からお褒めの言葉を頂きました……父を亡くし、多くの見知った者が死んだ後でも気丈に振舞っておられたのを良く覚えております」


 アルバートの脳裏には、その時のアレス公爵の姿が今でも焼き付いていた。当時12歳だったアレス公爵はグッと拳を握りしめ、時折言葉に詰まりながらも立派に貴族として、領主としての責務を果たしていた。その姿にその場にいた誰しもが、アレス公爵が傑物に育つだろうと予感し、同時に彼の身に降りかかった災難にいたわしさを感じずにはいられなかった。


妹姫いもうとひめ様も侍女に交じりながら難民への炊き出しや雑事をこなされ懸命に配下、領民を盛り上げようと頑張っておられました」


 慣れぬ公務でなかなか表に出てこれないアレス公爵に代わって、双子の妹姫はしきりに城内だけでなく都市のあちらこちらに顔を出しては、皆を励まし続けていた。


「あれからもどうにも御兄妹がどうしているのか、アレス公爵領はどうなっているのか、ふとしたおりに気にしてしまうのです。北から来たという行商人に尋ねてみたり、うわさ話を集めてみたり、と、意外に思われますか」


「そうだな、お前らしからぬことだとは思うのだが……」


 そういって歩いていくうちにもう司令部は目の前だ。


「いいじゃないか、それもお前だ・・・・・・。むしろオレはお前がただの戦馬鹿いくさばかじゃなかったんだと一安心しているところだ」


「戦馬鹿とはまた……」


 何か反論を、といった顔のアルバートだったが、しかし口からは何も出てきてはくれなかった。


「事実だろう。その歳になるまで嫁も娶らず、ろくな趣味もなく、やることと言えば軍務と自主訓練だ。そう言われても仕方がないだろう」


 ぐうの音も出ない意見にアルバートが大きくため息を吐いたところで、司令部にたどり着いた。クリストファーは何も言わずに自身の執務室へと歩みを進め、アルバートはというとクリストファーと分かれて司令部内を意味もなくうろつき始めた。


 そうして、周囲の目がないことを確認してからクリストファーの執務室へと静かに入っていった。


「随分と遅かったな……何かあったのか?」


「いえ、内密での呼び出しだと思いましたのでしばらく様子を見ていただけです」


「あの場ではああするしかなかっただけだ。別に何かがあるわけではないさ」


 言いつつ、クリストファーは応接用のテーブルに目を向けた。それにつられるようにアルバートも視線を移す。そこには高々と積まれた幾冊もの書物があり、その脇にはパンパンに膨らんだ革袋が添えられていた。


「これは?」


「餞別だ。古今東西の軍学書と政治書の中でも名著と呼ばれるものを集めておいた。お前自身が読んで参考にするのもいいし、売り払ってもいい。そっちの革袋の中身はメック元帥からだ」


 アルバートが革袋を手に取るとずっしりとした重さを感じる。まさかと思い中を覗いてみるとそこにはギチギチになるまで金貨が押し込められていた。『目がおかしくなったか』と二度、三度見返してみるも映る光景は何一つ変わることがない。


 慌ててクリストファーの方を見るが、首を横に振るだけだ。


「大金に驚いているのかもしれんが、今回の件はそれだけ困難だと思っておけ」


 本当に受け取ってもいいのだろうか、としばらくの間逡巡したアルバートだったが、最終的には何も言わずに受け取ることにした。折角の好意なのだから甘えてしまえ、と踏ん切りをつけたのだ。


「実際に向こうに行くのは一月ほど後になるだろう。それまでの間に準備を整えておけよ」


「は!」


 勢いよく、しかし小声で返答したアルバートは革袋を懐につっこむと抱えられるだけの本を持って部屋を出ようとした。両手が塞がっているアルバートに代わってクリストファーが扉の前まで進み出ると、ゆっくりと開けた。


「残りの本はどうする?」


「明日にでも取りに伺います。内緒にすることでもなさそうなので」


「そうか、では明日の朝のうちに取りに来てくれ。午後からは会議が控えているのでな」


「かしこまりました」


 頭を下げて部屋をあとにするアルバートの後姿をしばし見送った後、クリストファーは室内に戻った。


 ふと、妙な気がしてテーブルを見たクリストファーは、あることに気が付いて苦笑した。


「やはり、あいつは戦馬鹿だな」


 テーブルには政治書ばかりが置かれており、ただの一冊たりとも軍学書は残されていなかった。


「いかん、何か急に不安になってきた」

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