第3話 式典って関係あっても無くても早く終わって欲しいもの

 空転するばかりだった会議が急展開を見せてから10日後。謁見の間には軍を派遣した各領主の姿と、従軍した分隊長以上の者から特に功績があったと認められた者が集められていた。その中にアルバートの姿もあった。


 末席近く、玉座から遠い位置でぼんやりと時間が過ぎるのを待ちながら、アルバートはこの退屈な時間が早く過ぎ去らないか、と願っていた。アルバートからしてみたら論功行賞はまだしもこうして皇帝から言葉を賜るというのはどうでもよかった。


 「こんなことに時間を割くくらいなら、久しぶりに帰ることのできた自宅の片づけをしてベッドの上で惰眠を貪りたい」というのが嘘偽うそいつわざるアルバートの本音だ。


 なにせ帝都に帰って来てからも、負傷兵を治療院に搬送したり、損耗した装備品の追加購入だったり、そして亡くなった部下の家族へ遺族年金の説明に行ったりと休むことなく働き続けて、隊舎に泊まり込みだったのだ。ようやく家に帰る目途がたったころに式典に参加させられるなど、アルバートからすればこんなにも残酷な仕打ちはないというものだ。


 今回も報奨金を下賜されて終わりなのだろう、そう心の中で思いながら見知った顔はいないかとあたりを見回したところで、目が合った。


 前方、玉座の間からそこそこ近い位置にいたクリストファーだ。「おっ」と思って目線で合図を送ったアルバートだったが、視線の先にいたクリストファーは気づいた様子でいながらも笑みを見せたりすることはなく、どこか神妙な顔をしていた。


 「あれ、おかしいな」とアルバートは小さく呟きを漏らして、もう一度クリストファーに目だけでなく顔で合図を送った。誰も彼も思わず笑ってしまう自慢の顔芸を披露するも、いつもあれだけ笑ってくれていたクリストファーは悲し気な目をして顔を伏せるだけだ。


 いったいどうしたことだ、異常を感じたアルバートが怪訝な顔をしたその時、不意に顔をあげたクリストファーが目を見てくれた。


『-----------』


 

 声を発せずに唇の動きだけで何事かを伝えてきたクリストファーはそれっきり、前を向いてしまった。その口の動きは、アルバートが彼の部下でいたころに何度も見たことがあるものだった。


(『後でオレのところに来い』、か、どういうことだ?)


 アルバートの知る限り、元上司のクリストファーはよく言えば厳格、悪く言えば融通の利かない男で、既に部下でもない自分を秘密裏に呼び出そうなどとはしないはずだ。何か要件があるなら余程のことでもない限り堂々と正面から呼び出すだろう。


(つまりは、その余程のこと・・・・・があるわけだ)


 となれば、願うことはただ一つ。


(早く帰りて~……)


 アルバートは心の中で大きくため息をついた。


 その時だった。


「皇帝陛下がご臨席くださります」


 扉が大きく開け放たれて、皇帝ウィルヘルム2世が謁見の間に姿を現した。余計な華美装飾や儀礼的な所作を嫌うウィルヘルム2世はツカツカと速い足取りで玉座まであるくと無造作なまでにドかりと尻を降ろした。


 その様子に眉を顰める諸侯もいたが、軍を用いれば並ぶものなしといわしめるほどの軍才で5年前の内乱を勝ち抜き、そしてこの5年間で内政においても大きく成果を挙げている皇帝の小さな傷を見つけることは出来ても広げることが出来る者は誰一人としていない。


 そして、会はつつがなく始まった。


 論功行賞は、よほど目立った功績があった場合を除いて、まずは領主から行われる。


 今回も出兵した領主に皇帝直轄領から領土の加増がなされ、軍上層部からも幾人かが新しく領地を賜って領主に列席された。


 これらの内容を皇帝自ら、一人ずつ名前と褒賞について読み上げていき、勲章と辞令書を手ずから渡していった。


 領土が増えたわけでもないのに気前よく渡される報酬に、謁見の間は静かな熱気に包まれていった。


 それが終われば、今度は帝国軍内部の褒賞が発表される番だ。玉座の前にホーエンハイム総司令官が進み出る。軍部の褒賞は皇帝陛下直々にではなく、軍部のトップであるホーエンハイムが読み上げ、手渡していくのだ。


 次々に上位の者から名前が読み上げられては前に進み、褒美を貰って元の位置に戻っていく。


 そうこうしていくうちに、アルバートは自分の名前が呼ばれることのないままなことに気が付いた。


 アルバートが率いるクレイブ隊は中隊規模であるからアルバートも中隊長格として扱われている。しかし、中隊長格の発表は既に終わってしまい、小隊長たちの名前が呼ばれ始めている。


(これ、来なくてよかったんじゃね?)


 アルバートの胸の内には何で自分がここにいるのか、という疑問と早く帰りたい願望の二つに埋め尽くされていた。普通ならここで自分の名前が呼ばれないことに不平不満を溜めるのだろうが。


(もしかして、クリストファー将軍が浮かない顔をしていたのはこれか?)


 あの公正明大で厳格なクリストファーなら、こうしてアルバートの順番を飛ばされることに何か思うところがあったのだろう。アルバートはそこまでを考えると周りがざわざわし始めているがそんなことは気にせず、ただ終わるのを待ち続けた。


 そうして全ての(アルバートを除く)者の名前を呼びあげ終わった。その証拠にホーエンハイム総司令官は玉座の前から所定の位置まで戻っていった。


(やっと終わりだよ……)


 周囲だけでなく、事情を知らない会場の誰もがちらちらとアルバートの様子をうかがって落ち着きがないのに対して、本人はというと普段からの姿勢を崩さずに泰然自若といった様子であった。


 様子を見ていた誰もがそのアルバートのありように感服していたが、その奇妙な関係は唐突に打ち破られた。


「そして、最後にはこの者とその配下を賞せねばなるまい」


 言って、立ち上がった皇帝に会場の視線が集中した。


「アルバート・レギン遊撃隊長!」


(こっちだったか!)


 クリストファーの様子がおかしかった本当の理由に気が付いたアルバートは心の中で盛大にため息を吐きながら、それでもそれを表に出さずに早足で玉座の前まで歩いていった。


 膝をつき、顔を下げて、押し黙る。


「アルバート・レギン。その方の武勇知略は優れたるものであり、此度の討伐戦においても重要な局面でその力を発揮した。よって、貴官と其の部隊について給金5カ年分に相当する報奨金を下賜する」


 最後に呼ばれたにしてはあまり目立たぬその褒賞に会場の多くの者が怪訝な顔を浮かべる。


「また、クレイブ隊については三分割しそれぞれに増員をかけ三つの中隊とし、これを併せて遊撃大隊として再編成を行う」


 おお、と会場にどよめきが生まれた。この発表は今まで中隊規模の部隊であり、その実績に比して低い地位にあった部隊が認められ、ある程度の権限を持つことになるからだ。


 ことによれば軍部の昇任レースにも影響を与えかねない。誰しもが今後を見据えたところで、


「そして、アルバート・レギン遊撃隊長についてはその任を解き、連隊長としてアレス公爵領に派遣することとする」


 今度は、会場中が驚愕に震えた。アレス公爵領の現状は誰もが知るところであり、この人事を栄転としてとらえるべきか、左遷と見るべきかその真意を見抜けなかったからだ。


「今後はアレス公爵領において軍部の再編に携わりながら、いまだ年若いアレス公爵の補佐として領地運営についてもその力を発揮してほしい」


 その言葉の後で、ウィリアム2世が辞令書を手渡そうとしているのを上目遣いでうかがうと


「は!!謹んで拝命します!!!」


 会場全体の動揺をかき消すような大声を響き渡らせて、アルバートはうやうやしくその辞令書を手に取った。

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