第10話 心意気だけでカバーできないことって多いよね

 与えられた屋敷を出て目の前の通りに出ると、城まではもうすぐだ。アルバートは寒さを抑えるように急ぎ足で城門まで歩みを進めていく。門まであと少しというところで、アルバートは甲高い鳴き声を聞いた。


 見上げた空に、それはいた。


「キュイーーーー!!」と朝日を浴びながら空をかける姿は昨日見たものだ。鞍を取り付けてあり、今もその背に誰かを乗せている。昨日と違うのは、何かデカいものを咥えているということだ。


 影はそのまま城の中に飛び込んで消えていった。そこまでを見届けたアルバートはまた城門まで歩き始めた。


 門番を務める衛兵たちはアルバートの姿を認めると敬礼し、その場に留めることなく門を通過させた。素直に門を通り、城の前庭に出たアルバートだったが、心の中では『軍礼服をきているからすぐにわかったのだろう』という予測と、『こんなに簡単に通していいのだろうか』という疑問がせめぎあっていた。


 どうしたものかと考えながら前庭を通り城の扉に近づいたところで、アルバートの耳に「キュイ!」という声が届いた。


 おや?と思いながら扉を離れ声のする方へと歩いていくと、そこには思い描いていたとおり、鷲獅子と妹姫の姿があった。どうやら鷲獅子はお食事中の様子で先ほど咥えてきたのだろう魔物の死骸を貪るように食っていた。その横でミリアムが笑顔を浮かべながら鷲獅子の頭をなでている。


「おお!アルバート殿ではないか!!随分と早い時間にきたのだな」


 すぐに気が付いたミリアムはアルバートに気が付くと立ち上がった。


「おはようございます、ミリアム様。今日から出仕せよとのことでしたので、いささか早めに来させていただきました」


 大きく一礼をしながらそう告げると、ミリアムの顔には明らかに不満だとわかるほどの渋面が広がっていた。


「そのように畏まられては我らも困ります!アルバート殿はイスエンド帝国の英雄!!その英雄殿に左様に縮こまれてしまえば、我ら兄妹はいったいどのような顔をして生きていけばよいのか」


 これは困った、というように肩から力を抜いたアルバートは、


「しかし現状、私は貧民街生まれの帝国軍人でカラム様やミリアム様をはじめとする貴族の方々とはそもそもの身分が違いますので……」


覆しようのない出自を用いて説得しようとした、が


「それが何だというのですか!その逆境を跳ね返して今の地位まで駆け上ったのがアルバート殿でしょうに!!」


そういわれてしまえば返す言葉はなくなる。


「……わかりました。が、敬語は使わせていただきますよ。あくまでも私は軍人なのですから」


 やや苦笑気味なそれでもたしかな笑みを浮かべて、気軽に言ってのけたアルバートに、ようやくミリアムは満面の笑みを浮かべた。


「うむうむ、それでよいのだ!」


 薄い胸を張って言い切るミリアムに、なんだか小さな子供みたいだ、なんてことを思いながらアルバートは微笑んだ。暖かく、柔らかにほほ笑んだ。


「……ところで、その鷲獅子は?」


 気づけば既に魔物を食らいきって骨にかじりついていた鷲獅子を指さしながら尋ねるアルバートに、ミリアムは得意げに笑った。


「こいつは、アシュトンと言って我が城で生まれた鷲獅子なのだ!」


「城で生まれた?」


「うむ!父の代までアレス公爵領では鷲獅子騎士隊グリフォンナイツを組織していたのだ!いまでは維持できていないのだが……それでも!鷲獅子の飼育は続けていてな!こいつは一昨年に生まれた我の可愛い愛騎なのだ!」


 鷲獅子騎士団グリフォンナイツ、とアルバートは小さく呟いて考え始めた。世の中には翼竜ワイバーン天馬ペガサスといった魔物を乗騎とした騎兵隊、騎士団はあちこちにある。


 が、それらの魔物は飼育するのが難しく実用化まで出来たのはほんの数例だ。


 その数少ない成功例がここにあり、途切れないように努力していたのはまぎれもなく喜ばしいことだ。


「つかぬことを伺いますが、今、グリフォンに乗れるものは何人いるのですか?」


 思考から浮かび上がったアルバートはすぐにミリアムに問いかけた。


「我一人だ!」


 胸を張って宣言するミリアムにアルバートは目を丸くした。


「ミ……ミリアム様、おひとりですか?」


 すがるように、嘘であると確かめるようにアルバートは声を絞り出した。


「うむ!こやつは我にしか懐きませんでな!かろうじて兄上が後ろに乗ることが出来るぐらいだ!」


 しかし、現実は非常であった。鷲獅子騎士は妹姫様ただ一人でこれでは鷲獅子騎士団とは呼べぬし、そもそもミリアムを魔物の襲来や他国の軍が攻め込んできたなんていった、有事の際に駆り出すわけにはいかない。


「我とアシュトンのコンビは街でも評判なんですぞ!ここいらに現れた魔物は我とアシュトンで狩りをしているのですから!」


 などと、思っていたアルバートの思惑を高々と飛び越えて、ミリアムはとっくのとうに有事に動いていた。


「は、はあ、しかし、なにゆえミリアム様が魔物狩りなど……」


「いや、だって我、ここの将軍であるし」


 その宣言に、アルバートは思わずめまいを覚えた。


「こ、公爵の妹姫様が、将軍を務めておられるので‥‥‥?」


「うむ」


 三度目の胸を張った堂々たるその姿に、アルバートは自分の考えを改めなければならないことを悟った。


 つまり、限界ギリギリの崖っぷちの状況なのだ、と。


 唯一の救いは、好転しそうな材料がいくつかは残っていたということだろう。


 ふーっと、アルバートは大きく深呼吸をした。ミリアムはその姿を見ながら首をかしげているが、アルバートにはミリアムを気にしている余裕なんてなかった。


「と、とりあえずミリアム様、ここでは何ですので、あとでアレス領の軍勢についてご教示願えますか?とにかく現状を正確に把握せねば……」


「おお、では一旦準備をしてまいります!兄上にも知らせておきますので城内の執務室でしばしお待ちください!」


 言いつつ、ミリアムは鷲獅子のアシュトンに跨っていずこかに飛んで行った。おそらく、アシュトンを厩舎まで連れていき、準備をするのだろう。


「執務室ったって一体どこにあるんだよ……」


 ぼやきながら、アルバートは城の入口まで歩き始めた。城内に入ったら、誰かでもいいから近くにいる使用人を捕まえて案内させよう、そう思いながら、アルバートは今後について頭を悩ませながら進むのだった。


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