第1話 論功行賞を考えるのは無茶苦茶大変

 ティスタ平原における魔群との会戦から一月ほどを経た帝都アイラブルクにおいて頭を帝国軍上層部が頭を抱えていた。

 

 議題に上がっているのはもう何回目になるかもわからない常連……といってもいいのだろうか。少なくともよくよく帝国軍を悩ませるものだった。


 内容は簡潔に言えば“アルバート・レギンをはじめとしたグレイブ隊の褒美をどうするか”である。


 特にアルバートに対する論功行賞は揉めに揉めた。


 アルバート・レギンは貧民街の出身であり、12歳で軍に入隊後に剣術、槍術、斧術、馬術さらには戦術を修めて一兵卒として活躍。その後20歳で初めて小部隊を率いるようになって頭角を現し始め、25歳で騎士に叙任されて、今の帝国軍遊撃部隊グレイブの部隊長に昇格。


 以降、大小合わせて様々な武功を立てているが昇任もさせられず、土地を任せるわけにもいかず現金を渡して済ませてきていたのだ。


 別にこれは妬みや嫉みといった感情から行われているからではない。完全にそういった負の要素が0かと言われるとそうは言い切れないが、どうしても帝国軍上層部としてはアルバートにこれ以上の重職のは難しいと言わざるを得ないのだ。


 まず、アルバートを準男爵以上に叙任するという案がある。がこれはそもそも彼自身が難色を示している。

 

 アルバートは自分が貧民街から出世した出来星であり、周囲から羨望や憧れといった感情を向けられているだけでなく嫉妬や侮りの目で見られていることを自覚している。そんな彼だからこそ、貴族社会に溶け込めるだなどとは思っておらず、余計な気苦労や付き合いが増えることを嫌い、騎士爵への叙任でも相当に渋っていた。


 第二に土地を与えるというものであるが、これについては帝国軍上層部から「やめておこう」という意見が多く聞こえた。その理由の最たるものとしてアルバートに領地の管理が出来そうにないからだった。


 そもそも領地運営についてかけらの知識も持ち合わせていないアルバートである、これから勉強して覚えろ、というのは酷であるし、勉強のために軍を辞められては困る。代官を派遣する、という方法もあるが代官というのは大抵は役人、それもどこぞの貴族の次男坊や三男坊が多いのだ。そんな連中が素直にアルバートに従うかどうかは未知数であり、万一のことがあればそれこそアルバートの顔に泥を塗ることになる。


 またこれら二つの褒賞については軍だけで決定できることではない。宮廷側との調整を行わなければならないがいい顔はされないだろうことは容易に想像ができる。


 そしてこれが大本命ではあるのだが、さらに大部隊の指揮官に任じる案だ。これについてこの場に集まった全員が頭を悩ませているのだ。


 正直な話、正直な話としてここにいる誰もがアルバートの手腕を疑ってはいない。しかし、それは“少人数での”“遊撃部隊”であるからこそ光るものではないかという思いもあるのだ。アルバートに大部隊を指揮させてその持ち味が消えるのは惜しいというのが建前としてある。


 もうひとつ、本音側の意見としてはアルバート、いやグレイブ隊が今の姿であることを求めたいのだ。

 このところ連戦が続いていた帝国において、戦が始まる前から斥候や威力偵察部隊として責務を果たし、陣を構えて戦となればその嗅覚を生かして戦場を立ち回る遊撃となり、戦のあとでの残党狩りでも成果を上げてくる。


 こんな便利な部隊は他にないのだ。これをそのまま手元に置いておきたいというのは心からの本音だ。


 それともう一つの本音、彼らがこのままでいてくれれば軍団を率いる側としてはもう一つありがたいことがある。それは栄達の糧になってくれることである。


 現にグレイブ隊は勝ち戦でもほどほどの戦果で引き下げ、負け戦であっても味方の損害が増えぬように動いてくれることから上層部にしてみればいるだけで戦功をくれる『打ち出の小づち』のような存在になっているのだ。

 

 グレイブ隊が戦場に出るとわかれば誰が全隊を率いるのかでかる小競り合いが起きるほどの人気ぶりだ。


 だからこそ、いままでは報奨金を渡すことで何とかその場を取り繕っていたが今度ばかりはそうはいかなかった。


『アルバート及びグレイブ隊が冷遇されている』

『帝国貴族たちはアルバートを使いつぶして戦死させるつもりである』

『無能な貴族がアルバートに嫉妬して栄達を阻んでいる』


 等々、荒唐無稽なうわさ話が帝国のあちらこちらで聞こえてくるようになってきたのだ。


 おそらくは周辺各国が根も葉もない話を間者を使って広めているのだろうが、これが民衆の間に浸透し始めてきている。


 グレイブ隊の活躍は国民にも知れ渡ったものであるし、何より志願兵の中にはグレイブ隊にあこがれを抱いてくるものも多い。

 そんな中で不名誉なうわさが流れようものなら大衆からそっぽを向かれてしまう。

 民主政治でなく専制政治を行っている帝国であっても民の不興を買うというのは非常によろしくない問題だ。治安の悪化にもつながるし、民が他所の土地に流れていくことも考えられる。


 だからこそ、ここで一発ドカンと、世界中の誰の目から見ても明らかな褒美をアルバートに授け、さらに彼の麾下であるグレイブ隊にも何らかの恩賞を与えなければならないのである。


 しかし、妙案は浮かばず、どうしたものかと悩んでいたところで、会議室の扉が控えめにノックされた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る