第7話 子供にとっての五年とおっさんにとっての五年はまったく違うものになる
さて、一念発起して自分に出来ることはないか、などと考え始めたアルバートではあったが高々一時もない時間では思いつくものは何もなく、出発の時間を迎えた。
そのまま丘を降り始めれば、さわやかな風が吹き抜けて背を押してくれるような気がしていささか足が早まってしまう。ペースが早まったことに後続がしっかりついて来ているだろうか、と心配になってきて振り返ったアルバートだが、目に映る光景に思わず笑みを浮かべてしまった。
マルティナをはじめとして、おそらくは都市内部での仕事を任されているのだろう五人の少年少女が馬車の隣に足並みをそろえながら何事かを熱心に話続け、ロッドとランディは彼らが中心になって輪をつくる様に隊列を組んで白熱した議論を重ねている。
本来であれば、褒められた行為ではないだろう。行軍中は隊列を崩してはならないし、不用意に私語をしてはならない。
だが、アルバートは彼らを咎める気にならなかった。彼らはそもそも軍人ではないし、これは行軍でもないのだ。むしろ、彼らは領主として、貴族として己が果たすべき責務について語り合い、耳を傾けているのだ。
きっと、これは素晴らしいことなのだろう。アルバートは目の前の少年たちを見ながらそう思い、前を向いた。
そういえば、自分にはああした闊達に意見を言い合える友はつくれなかったな、とアルバートは自嘲気味に笑った。現場からの叩き上げのアルバートはそもそも士官学校あがりの様な同期の繋がりはないし、同格の隊長たちとの会話もどちらかというと仕事上の確認といったところで議論にはならない。
思えば、一時期は友達が少ないことで悩んだこともあったのだが、ここ最近は忙しくてそんなことはすっかり忘れていた。それに、立場は大きく違えど、将軍であるクリストファーとは仲良くさせてもらっている。それだけで、自分には十分だった。
(……ん?)
そこまでを考えたところで、アルバートはあることに思い至った。貴族であるなら、陪臣であれ直臣であれ、帝都アイラブルクにある国立の学園で学ぶのが通例であるはずだ。
しかし、現状、彼らは自らの仕事を背負っているために学園に通うことが出来ていない様子だ。
(……これだ!!)
やるべきことを見つけたアルバートはグッと拳を握った。その際、思わず手綱を引いてしまって馬が驚いたように速度を落とした。
「おお、悪い悪い、力が入ったな」
謝りながら手を首元にやって撫でてやると次第に落ち着きを取り戻していく。歩調を取り戻して安定した歩みを見せるようになったところでアルバートは背筋を伸ばした。
「まずは、しっかりと現状を教えてもらわないとな」
やるべきことを見据えたその目はまっすぐにバーウィック城を捉えていた。
そのバーウィック城にたどり着いたのは、予想通り夕方にさしかかったところだった。
門番がこちらの姿を認めたと同時に大きく鐘が鳴らされ、入門待ちをしていた行商の馬車や旅装の人々が一気に道を譲ってくれる。門の外部と内部で捧げ剣をしながら見送ってくれる衛兵たちに答礼を返しながらゆっくりと前進すると、門の出口で呼び止められた。
「少々お待ちいただけますか」
「荷物を検められますか?」
後ろにある馬車を指さしながら尋ねると、ふるふると首を横に振りながら、
「いえ、そうようなことは……迎えが参りますのでしばらく」
「そういうことですか……では、」
と、声を出したところで、アルバートは城から飛び出した影に気が付いた。その影は城から地を駆けてこちらに来るのではなく、文字通り空を飛びながら徐々に徐々に姿を大きくしていき、そして、
「~~~~っお久しぶりです、アルバート・レギン隊長どのー!!」
ぶわっと、大きな音が響く。飛んできた勢いを殺すための羽ばたきで周囲に砂塵が舞い、アルバートは思わず腕で顔を覆った。
視界が晴れたところで、腕を下げたアルバートが目にしたのは、五年前から大きく成長したアレス公爵とその妹姫だ。
公爵は、ぐん、と背が伸び、やや細身ではあるが健康そうなしっかりとしたたたずまいだ。短くまとめた髪が端正な顔立ちと組み合わさって聡明さが見て取れるようだ。
そんな公爵の妹姫は、兄に負けず劣らず聡明そうな顔立ちだがやや勝気な印象を受ける。背は世間一般の女性よりもやや高めでヒールを履いたなら並みの男ならその背を追い越してしまうだろう。長い髪は丁寧に手入れをされており、風に踊るたびにさらさらと錦紗のように流れている。
超絶美形が唐突に思いもかけない方法で現れたことで一瞬固まったアルバートは、しかしすぐに立ち直って片膝をついた。
「お久しぶりです、アレス公爵。この度、公爵領に連隊長として派遣されましたアルバート・レギンと申します」
そういい、頭を下げたアルバートの右手が、不意に二つの手に掴まれた。公爵とその妹姫がアルバートの手を握ったのだ。
「過分な挨拶は不要だ。アルバート殿、このように軍備再編中でままならない我が領にあなたのような優秀な軍人を迎えられてこちらの方が感謝をしているのだ」
「うむ。それに我らはよく覚えておりますぞ!敵軍に囲まれたこの城を解放してくれたことも、その後の治安維持に駆けずり回ってくれたことも、この五年の間、忘れたことなぞありませぬ!」
二人がしゃがみ込み、アルバートの顔をまっすぐに見つめながらそう言ってくれる。その声が、言葉が、姿勢が、アルバートの胸を打った。
「ありがとうございます!誠心誠意お仕えさせていただきます!!」
「ああ、よろしく頼む」
「うむ、さしあたってはアルバート殿の武功話でも聞かせてもらおうか!!」
笑いながら握った手を上下に振る二人に、アルバートは少しだけ苦笑を浮かべて、
「構いませんが、ここではいささか目立ちすぎるようで……」
三人がいるのは門の内側、都市の玄関口だ。非常に人通りが多いその場所は、今や三人を眺めるための劇場の様相を呈していた。数十人、数百人の群衆が十重二十重と領主と話題のアルバートとの邂逅を一目見ようと押しかけてきていたのだ。
「「あ……」」
息ぴったりにお互いを見合わせながら声を挙げた双子は、パッとアルバートの手を離すと、咳ばらいを一つ
「あー、とりあえず、住まいに案内しよう」
「ええ!ええ!!そうしましょう!!!」
その言葉に立ち上がったアルバートはふっと、五年前を思い出して目を細めた。当時は自分の腰にも届いていなかった二人が、アルバートと頭一つしか変わらぬほどに大きくなっているのだ。その事実に驚くよりも喜びを得たアルバートが笑みを浮かべると、二人はまた息があった様子で首を傾げた。
「そうだ」
そういって、アルバートと向かい合ったアレス公爵は
「そういえば、名乗っていなかったな……我はカラム・ファン・レキ・アレスだ」
「そして、我がミリアム・レキ・アレスである!」
二人が名乗ると同時に、アルバートは再度一礼をして、
「よろしくお願いいたします。カラム様、ミリアム様」
笑みを浮かべながら、二人の名前を呼ぶのだった。
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