答え合わせそしてエピローグ
「あれ、安茂里。どうし……あ、あの小説読み終わったのか」
文芸部の扉を開けると、加波志くんが一人で小説を書いていた。他の部員はもう帰ったらしい。
「へえ、君があの小説を書いたのか。文芸部にしては割とさわやかなイケメンなんだな。意外」
とこの世の物書きにケンカを売るようなセリフを言う仙ノ倉先輩。それに加波志くんは苦笑いしつつ、
「それはどうも。……それで、あの小説の犯人は分かった?短い時間で書いたから少し分かりにくかったかもしれないけど」
と僕の方を見て聞いてきた。
「ああ、うん。犯人は秘書の中村さんという結論にいたったよ」
僕の答えを聞いた加波志くんは、少し困ったような表情を浮かべ、
「えーっと、僕が想定している答えとは違うね」
と言った。
「間違いなの?」
「うん」
そう言われて、僕は仙ノ倉先輩の方を見る。
「違うって言ってますけど」
「そうだな。……いや、別に安茂里の答えが正しいなんて一言も言ってないし」
「そうですか?でも、それでいいみたいな顔してましたよね」
「いや、たぶん違うだろうけど、積極的に否定できなくてだな」
少ししどろもどろになりながら仙ノ倉先輩が答える。
「じゃあ、誰が犯人なんですか。先輩が答えてくださいよ」
「ん?だからな……それは………ヒント頂戴」
僕に詰め寄られ、仙ノ倉先輩は加波志くんにそう聞いた。
「ヒントですか?……そうですね、凶器と、離れの二つの扉とかでしょうか」
「扉……凶器……あ、そういえば、部屋の中には金属のトロフィーとか置いてある中、犯人が使ったのは重たい辞書だったな」
「そうですね。まあ、実際ぶつけるところとか選べば、致命傷にはなるでしょうけど、もっと凶器らしいものはありましたね」
「ってことは、犯人が金属の重たげなトロフィーという、凶器にうってつけの物を使わなかったのは、使いたくても、使えなかったからだ。つまり、犯人が金属アレルギーだったからか」
「……離れのもう一つの出入り口である二階の扉は、金属製の扉だっていう記述もありましたね」
「ああ。よく考えれば変だよな。犯人はわざわざ見晴らしのいい庭を通って離れに向かっている。いくら夜とはいえ、誰かに見られる可能性だってある」
那珂湊正名が窓の外に庭と離れを見ていた描写があったっけ。
「木々に囲まれた、ベランダから通じる通路を通れば、見られる心配や、足跡だって気にしなくていいもんな。でもそうしなかったのは、金属の扉に触れたくなかったからだ」
「えーっと、犯人が金属アレルギーだったとすると……あ、そうか。中村さんがメタルバンドの腕時計をはめているっていう記述がありますね」
「というわけで、中村さんも犯人じゃない」
「……あれ?ちょっと待ってください。そうなると犯人がいなくなっちゃうじゃないですか」
父、母、叔父、叔母、秘書の中村さん、家政婦の住子さんの全員の容疑が晴れてしまった。読者への挑戦の条件から、主人公の那珂湊正名が犯人じゃないって書いてあるし、祖父の自殺や事故も否定されている。外部犯の犯行も否定されていた。
「いや、犯人はいるぞ。うん、今完璧に分かった」
仙ノ倉先輩は目を輝かせている。ということは、今まで犯人が分かっていなかったのか。
「じゃ犯人は誰なんです?登場人物の全員の容疑が晴れたと思うんですけど」
「いやいや。それは安茂里が気づいていない登場人物がいるだけだよ」
「気づいていない登場人物?」
「そう。屋敷に到着したときの記述だが、来客用の駐車場に三台の車が停まってるってあったよな?で、最後に那珂湊正名の乗った車が来たと」
「そういえば……叔父さんと叔母さんがそれぞれ車に乗ってきたとしても、一台余りますね」
「ああ。中村さんは祖父を乗せて、那珂湊正名より後から来たし、しかもその車は裏の駐車場に止めてある。家政婦の住子さんの車もそうだ」
「ということは、父、母、祖父、叔父、叔母、中村さん、住子さんの7人以外の人物が車に乗って屋敷に来たってことですね。でも、それって読者への挑戦での条件に反しません?出てきてない人が犯人とか」
「そんなことないぞ。しっかり登場してたぞ」
「どこにです?」
「えーっと、じゃあ、そのまま引用するぞ。
第一話より
「ふん、お前らが心配しているのは、親父が引退した後の自分たちのポジションだろ」
「そういう兄貴もだろ?長男だからって跡を継げるっていうわけじゃないし」
と父が少したしなめるように言う。父はどこにでもいそうな中年男、見るからにサラリーマンといった見た目で、叔父さんや叔母さんとはだいぶ違う。
ここだよ」
「……?えーっと……」
「おい、まだ気がつかないのか?那珂湊正名の父が兄貴と言ってるだろ?ということは、父の前に発言したのは誰だ?」
「おじさんでしょ?」
「ああ、伯父さんだよ」
「もしかして、伯父さんと叔父さんの違いを知らないとか?」
いまだピンと来ていない僕を見て、横から加波志くんが助け舟を出してくれる。
「えっとね、僕―那珂湊正名から見て、父の兄は伯父さんで、父の弟は叔父さんなんだよ。兄弟の上と下で漢字が違うんだ」
「あ、そうなんだ。ってことは、叔母さんは、父の妹ってことか。……あ、で、犯人は消去法で残った伯父さんってこと?」
「そう、それが正解です」
ぱちぱちと拍手を送る加波志くん。
いや、確かにセリフもあるし、登場しているっちゃしてるけど。
「でも、第四話で、みんなのアリバイを乗せている箇所あったけど、そこに伯父さんなんて載っていなかったしなあ」
「あれは別に全員のアリバイっていう表記じゃなかったよ。9時から12時までの間で、部分的にアリバイのある人を並べただけだから。伯父さんは9時から12時を通してアリバイがないってことで省略しただけだよ」
「うーん………」
まあ、確かに、一応フェアな記述ってことなのかな。なんだか意地悪問題な気もするけど。
「じゃあ、一応正解ってことだな」
「なに自分一人の力で解決した、みたいな顔してるんですか。ヒント貰ってたじゃないですか」
一件落着といった感じで終わらせようとしている仙ノ倉先輩にツッコミを入れる。
「まあ、それはそれだ。ま、今度また犯人当て小説を書いたら見せてくれ。今度はノーヒントで解くから」
「はい、分かりました。結構推理小説とか好きなので、また書くと思います」
「推理小説好きか。なら、文芸部だけじゃなくて、推理小説研究会にも入ったらどうだ?色々と珍しい本とかが読めるぞ」
「はあ。まあ、興味はありますけど、意外と部誌の執筆とかで忙しいですし。部員も少ないんで」
と加波志くんは笑顔でやんわり断っている。
「それをいったら、この推理小説研究会なんて女子二人だけだし。この際男子とかにも入ってもらいたい。昔は男子もいたみたいだけど」
そう。僕の親くらいの世代から推理小説研究会はある。毎年数人の部員で細々とやっているが、今は僕、
「そうなんですね。まあ、考えておきますね。……それより、推理小説の中だと、何の作品が好きですか?僕は法月綸太郎の『生首に聞いてみろ』が好きなんだけど」
「そうだな……私は島田荘司の『占星術殺人事件』かな。『斜め屋敷の犯罪』も捨てがたい」
加波志くんから急に推理小説の話題を振られた先輩だが、すぐにおススメの作品を答える。
「安茂里はどうなの」
「僕?僕はね……」
こうして推理小説好きたちの放課後が過ぎていった。
シンプルな犯人当て小説 安茂里茂 @amorisigeru
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