部室にて(謎解き)

解答 

「読み終わりました?」

 原稿用紙を机の上に置いた仙ノ倉先輩にそう声をかけた。

「ああ」

「先輩は犯人分かりました?」

「……ん~まあ、たぶんな。お前は?この小説読んだんだろ?」

 ひらひらと数枚の原稿用紙を僕の方に見せてくる先輩。

「ええ、まあ。一応僕なりの答えはありますけど……」

「じゃあ、答え合わせでもするか。誰が犯人だと思った?」

「……えっと、僕が思ったのは犯人の利き手です」

 先輩は話の続きを無言で促す。

「死体を調べると、被害者の祖父は、、という記述があります。ということで、。……ですよね?」

「まあ、そうだろうな。読者への挑戦での注意書きで、フェイクの手掛かりはないって言ってるしな」

 恐る恐る聞いた僕に、仙ノ倉先輩はうなずきながらそう答えた。

「で、話の中で左利きの人を探しました。例えば、ダーツをするシーンで、那珂湊正名の父、叔父、叔母はそれぞれ右手でダーツを投げている描写がありますから、この三人は右利きでしょう。というわけで、犯人じゃないと思います。で、それよりも前、夕食のシーンで、那珂湊正名の右隣に座った母のひじが当たって食事に集中できなかった、みたいなシーンがありました。この記述から、、ということが分かると思います」

「そうだな。わざわざそんなシーンを書いてあるんだから、そう取ってもらえるように書いたんだろう」

「というわけで、犯人は母だと思います」

 僕の解答を聞き、仙ノ倉先輩は一瞬黙り、

「ブー」

 と少しお茶目に言った。

「間違いですか?」

「うん。これは書いた人に答えを聞くまでもなく、間違いだと分かる。やっぱワトスンには荷が重かったかな」

「誰がワトスンですか、誰が。っていうかいつから先輩が名探偵になったんですか」

 仙ノ倉先輩は別にこの話の主人公みたいに、事件に巻き込まれたことなんてない。せいぜい、懸賞つきの犯人当て小説とかを読んで、犯人を当てたことがあるくらいだ。

「でもって見るからにワトスン役っぽいだろ」

「全然違いますよ。っていうかワトスンにはなれないし」

「まあ、そうだな。医者だもんな。お前の学力じゃ医学部は不可能だもんな」

 とかなり失礼なことを言っている。まあ、そうなんだけどね。

「っていうか、先輩もホームズと似ても似つかないじゃないですか」

「いいんだよ。どっちかっていうと御手洗潔を目指してるから」

 御手洗潔は、島田荘司の作品に出てくる名探偵である。

 確かに、先輩は頭もいいし、どうでもいい知識も多い。見た目も、結構整った顔立ちをしているから、その点ではほんの少し名探偵っぽいかもしれない。でも、顔立ちはいいけど、異性からモテた様子は見受けられないし、どっちかって言うと僕と同じような目立たないグループの一員の気がする。

「目指すってなんですか。占星術師にでもなるつもりですか?……それより、母が犯人じゃないという根拠はなんですか?」

 このままだと話が脱線しまくりなので、話題を元にもどす。

「ああそれは、

「足跡?ああ、そういえば犯人が残していった足跡がありましたね。でも、その跡を残した靴は、屋敷の人ならだれでも使えるみたいだし、サイズは27㎝ってありましたけど、身長とかに関する記述はなかったので、そこからは容疑者は絞れないと思ったんですけど」

「それはそうだな。でも、ぞ」

「時間……あ、そういえば時間も書いてありましたっけ」

 夜の9時から11時までの間に雨が降っていたと書いてあった。

「つまり、、死亡推定時刻が9時から12時までということも踏まえて、1112ということが分かる」

 雨の降っている9時から11時に犯行があったのなら、犯人の足跡は雨によって消えるということか。

「ということは、1112ということですね」

「そうだ。で、11時から12時の間、那珂湊正名の母は家政婦の住子さんと一緒にいて、アリバイがある。というわけで犯人じゃない」

 11時から12時のアリバイがないのは、那珂湊正名の父と中村さんだ。

「……ということは、犯人は中村さんということですね。左腕に腕時計をしているっていう記述から、右利きなのかな、と思いましたけど、よくよく考えたら決まってる訳じゃないですもんね」

「まあ、それはそうだな。右利きの人が右腕に腕時計をはめることだってあるしな」

「じゃ、答え合わせに行きますか。たぶん、この時間なら加波志くんいると思うし」

 そう言って、僕と仙ノ倉先輩は部室を出る。




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