「犯人当て小説」 作 1-C 加波志
第一話
「雲がだいぶ出てきたわね。なんだか雨が降りそうね」
助手席に座っている母が空模様を見ながら言った。
「確かにそうだな。そういえば天気予報でも雨が降るみたいなこと言ってたな」
車を運転している父がそれに答える。
僕、
僕の祖父は、ある食品チェーン店の社長をしていて、父もその会社の幹部的な立場にいる。簡単に言えば、僕はまあまあお金持ちの家柄ということになる。
まあ、それは置いとくとして。年に数回祖父の家に集まるのだが、今回の集まりは少しだけ赴きが違うらしい。
なんでも、八十歳を迎えようとする祖父が、会社を引退しようかという話が出てきているらしい。
そこで出てくるのは、後継者問題である。祖父の性格上、長男にそのまま継がせるというタイプの人間じゃないらしく、誰が社長になるのか、親戚や会社の重役たちはピリピリしているらしい。
そうこうしているうちに祖父の家が見えてきた。無駄に高い塀に囲まれたその家は、少し成金趣味っぽい見た目だ。
どうやらうちが一番最後に来たみたいだ。
祖父の家でパーティーを開くこともあるため、その来客用の広い駐車場も敷地内にはある。ただ、今回は親戚で集まるだけだから、広い駐車場に三台しか車が停まってるだけで、なんだか少し物寂しい感じだ。
車を停め、館に入り、すでに到着していた親戚たちに挨拶を済ませ、宿泊の荷物を部屋に置き……と一通りなんやかんや済ませた後。
ダイニングルームにてティータイムに。家政婦のおばさんが入れてくれた紅茶とおしゃれなお菓子を食べる。
比較的和やか雰囲気の中、後継者の話に踏み込んだのは叔母さんだった。
「ねえ。そろそろ引退する話でも出てくるかしら」
濃い化粧をした叔母さんは、実年齢より老けて見える。首元には金ぴかのネックレス、指にはゴテゴテした指輪をしている。
「そうだな。なんでも最近、親父の体調が良くないっていう話も聞くからな」
そんな叔母さんの話に同意するように答えたのは叔父さんだった。叔父さんは叔母さんみたいに装飾品は付けておらず、かなりラフな格好をしている。見た目だけで言えば、遊び人みたいな印象を受ける。(実際にはちゃんと働いている)
「心配よね。年も年だし」
「ふん、お前らが心配しているのは、親父が引退した後の自分たちのポジションだろ」
「そういう兄貴もだろ?長男だからって跡を継げるっていうわけじゃないし」
と父が少したしなめるように言う。父はどこにでもいそうな中年男、見るからにサラリーマンといった見た目で、叔父さんや叔母さんとはだいぶ違う。
性格もだいぶ他の兄弟たちと違い、割と堅実な父は早くに家庭を持った。叔父さんたちは独身で子供もおらず、たった一人の孫ということで祖父にはだいぶ甘やかされてきた。
「ま、俺たちがここで話しをしても、最終的には親父が決めることだしな」
そう、この家の主である祖父はまだ帰ってきていない。仕事を終えて今帰っている最中らしい。
数十分後。紅茶も飲み終わり、一旦部屋にでも戻ろうかと思ったとき、祖父が秘書を従えて帰ってきた。
「おお、お前たち。全員そろっているみたいだな。……うむ、まあゆっくりくつろいでくれ。7時から夕食にするから、その時間になったら食堂に集まるように」
そう言い残し、祖父は自室に向かった。……ちなみに、今僕たちがいるのが本館で、祖父の部屋はその本館から百メートルくらい離れたところにある。
祖父が早くに自分の部屋に戻ったものだから、一緒に来た秘書の中村さんは僕たちの所に交じっていいものかどうか迷っている。
中村さんは今年三十になるくらいの、見た目は割と地味な人である。いつも見る時はスーツを着ていて、唯一のおしゃれと言えば、左腕にはめている割と高そうなメタルバンドの腕時計くらいか。
「中村くん、こっちにいらっしゃいな」
迷いつつもその場を離れようといた中村さんを叔母さんが呼び止めた。
「はあ……」
中村さんは開いているところに座り、家政婦のおばさんから飲み物をもらい、口にする。
「それで、中村君はお父さんから何か聞いてない?その、引退の話とか、後継者の話とか」
直球で質問をぶつける叔母さん。確かに、中村さんは祖父の直近の秘書で、仕事の時には一番近くにいる人物ではある。
「はあ……それが、全くと言っていいほどそう言った話は聞きません」
「それはつまり、まだまだ引退する気はないってことかい?」
横から叔父さんが口をはさむ。
「あ、いえ、社長は最近、身の回りの整理なんかをされているので、おそらく仕事自体は区切りをつけるのかと……」
「そうなんだ。まあ、親父のことだから、他人には言わなさそうだけどね」
のほほんんとした様子で父が言う。
「そもそも自分の子どもに跡を継がせるかどうかも怪しいしな」
叔父さんの言う通り、祖父の性格なんかを考えると、そう言いたくなる気持ちは分かる。
実際、祖父の気に入らないことをした古株の社員をその場で首にしたとかいう話も聞いたことがある。
そしてその後も、一応は和やかな雰囲気のまま時間が過ぎ、夕食の時間となった。
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