結社の人間
僕はしばらくその場にいた。
先輩も、しばらくその場にいた。
お互い、動かなかったし。
かかわることも、そこでは、なかった――僕はあのひとが立ち去るまではここにいようと、……存在を知られもしていないくせに、自分勝手で、そう思った。
でも、あんまりにも動かないし。
入学式もどうやら終わりに近づいてきたようで、ざわつく気配もしてきたから。
声を、かけてしまおうかと――思った瞬間、その男はふいにあらわれた。
……全身黒ずくめの、影のような男。
音も気配も、しなかった。ただまばたきをしたら、そこにいた。そうとしか言いようのないあらわれかたで――。
『やったじゃないですか』
黒ずくめの男は、にんまりとしているのだろうと聞いているだけで伝わってくる声で、ねっとりと言った。
白衣の先輩は、うつむくままだ。
『貴女も錬金術師らしくなってきましたね』
『……そういうわけではありません。偶然です』
『偶然と必然とをはたしてどう分類せよと?』
黒ずくめの男は、白衣の先輩の肩に手を載せた。
……見ているだけで、やっぱり、どこまでも、ねっとりとしたふれかたで。
さわらないでください――それくらいのことを言ってもいいはずなのに。
白衣の先輩は、なにも抵抗しなかった。
『貴女は結果的に幼なじみさえ実験対象となした。過程など、どうでもいい。だいじなのは、結果です、結果……貴女あの彼でも人間関係実験をするんですね』
『……はい』
『よろしい。――それくらいのことができねば、錬金術師は、つとまらない』
錬金術師は。
……黒ずくめの男は、もういちど、そう繰り返して発音したのだった。
『錬金術師に、対等な人間関係なぞいらない。人体さえも、実験材料。だから、人間は、実験材料であるという精神を養わねば。……それが、結社の方針です。貴女と契約する、前提です。……今回はおわかりいただけたようで嬉しいですよ。あの幼なじみの関係性もね、』
すっ、と黒ずくめの男は、先輩から離れた――。
『首尾よく、いじってしまいなさい。……貴女の抽出した女子サンプルとでも、くっつけるのです。いえいえ、もちろん、貴女が男どうしの恋愛こそ至高とするのならば、それでも、よいですが、――ハハッ』
……笑い声を、残すと。
またしても、音も気配もなく。黒ずくめの男は、消えたのだった――。
先輩は、うつむいたままだった。
入学式が遠く、遠くで、終わった気配がしたのだった。
霧雨はまったく止む気配がないのだった――。
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