その作り笑いはわかりやすくって

 お礼を、言いまくって。はしゃぎまくって。

 これからデートなんですと言って、最後深々と頭を下げて。

 ばたん、と可鐘がドアを閉じる音は、やけに大きく響いた。




 ……可鐘がいなくなった途端、化学室の静寂は増す。

 先ほどまでどんなにか可鐘がこの空間の音を埋めていたのか、いなくなってみてわかる。



 先輩の顔には、まだ――作り笑いの、残滓があった。



 僕は、ふたたび着席して。

 頬杖をついたまま、言う。




「お疲れさまーっす。くっつけちゃったんっすね。恋のキューピッドじゃないすか。てか先輩。めっちゃ恋愛相談引き受けててますよね、この化学室で。全校的にも恋愛相談化学室って有名ですけどー」

「……それも錬金術の勉強の一貫ですから」



 はあ。錬金術の学習の一貫、とな。

 僕はますます頬杖の顎の角度を深めた。



「先輩っていいひとですよねー」

「……なんですか、その感じは」

「え、なんですかもなにも。思ったこと、事実、ゆってるだけ」

「都合がいいひとって言いたいんですか」

「あら。自覚はあったんですね」





 先輩は、不機嫌な顔になって黙り込んだ。

 うん、笑っているより、こちらのほうが、僕は――なんて。




「あのー、僕化学が苦手だからそこがやっぱわかりづらいんすけど、なんで恋愛相談室を開くことが、錬金術の勉強につながるんですか?」




 二年の雨宮天音が化学室で恋愛相談をやっている、わけ。



 ――天才だから、と済ませちまうやつが、ほんとうに多い。



 しかも、噂によればかなり熱心にやっている。

 たぶん自分自身の研究の時間やプライベートの時間を削ってまで、ひとさまの恋愛相談に乗り続けて。

 そんでみんなをくっつけて、くっつけてくっつけてくっつけて、仲よくさせて、――回っている。

 成功率は、かぎりなく、百パーセントに近くって――。



 新入生の耳にも届いてくる噂だけで、天宮雨音は、たいそう奇矯だ。



 噂は、さらに続く。

 その意図を尋ねれば、かの天才はこう言う、と。




「錬金術の、勉強になるから」





 ここらへんで、凡人は思考を止めてしまう。

 ああ、恋愛相談が、なぜだか錬金術の勉強になるのね、って。なぜだか――。


 


 でも、そうじゃない。

 そうじゃないと、僕は思う。




 天宮雨音は、天才だろうが錬金術師だろうがなんだろうが、僕たちとおなじ人間だ。



 僕はなんどか、天宮雨音と校内ですれ違うこともあった。そのうち、天宮雨音がいる場合は、意識して感覚を研ぎ澄ますことにした。いつでも、どこでも、ぺちゃくちゃと恋愛相談をされて天才らしくもなくへにゃりと笑う天宮雨音は、――無理してるって、逆にどうしてみんなはわからないんだ?



 あんなにも。

 ……こんなにも。



 わかりやすい、作り笑いなのに――。

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