鮮やかなレッド

 入学式の最中だ。

 当然、テニスコートにはほかに人なんかいやしない。



 僕はフェンスの隅っこから、先輩と思われる男女ふたりの会話模様を眺めていた。



 ……霧雨に濡れる、長くほどけた茶色い髪の印象的な女性の先輩のほうは、よく見れば白衣を着ていた。



『……どういうこと、それ』

『だから、ほんとに天才だったのは雨音のほうで、俺はどっちかってーと凡人寄りだったってわけだ。ハッ、くだらねえ、――人をコケにしておもしろかったかよ?』

『……そんなこと、ない。私……』

『じゃあなんで俺のこと好きとかほざくんだよ』



 噛み合ってないかのように思えるやりとり。

 女性の先輩は、まるで絶望的な表情で顔を上げた。



『おまえは才能のある相手が好きなんだろ。俺のことだって、中学までいっしょに過ごしてさ、才能がありそうだったから、才能教育に特化したこの高校に、誘ったんだろ。……でも俺はそうじゃない。凡人に、天才サマは用なんてないだろ?』

『違う、私――』

『コケにされるなんて真っ平なんだよ! 認めろよ、天才め、――俺のことなんか利用してただけだって、もともと才能なんてカケラもあると思ってなかったって、認めろ!』



 ……だいぶ、激しいな。

 僕は急いで両手で空気をこねた――四角くシンプルな小さな小さなパネルが、僕の手のなかに生じる。


 僕のほんとにちょっとした能力。

 ごく簡単な、未来予知。


 才能ある者の未来予知とは違って、たいした精度ではない。ただ、ここからの展開が、よいものか、マシなものか、それともいますぐ駆け出してでも止めたほうがいいものか、青黄赤、三種類のカラーでわかるというだけのもの――そしてあらわれたのは、……黄色だった、うん、飛び出すまでする必要はどうやらなさそうだ。




 白衣を着た先輩は呆然としていた。

 でくのぼうのようにそこに突っ立っていた。



 そして、やがて――笑った、その笑いは一見人懐こくて明るくて、なにも申し分ない笑顔だったけど、……僕はその笑顔を見て不快だった。だって、




 あからさまに作り笑いだって、見た瞬間に、わかったから。




『……うん。じつはね、ほんとうは、そうなんだ。真を、……利用するために、この学校に誘った……よく……利用されてくれたね。錬金術の研究、錬金術の発展のために……』



 そうかよ、と男のほうは吐き捨てた。

 そしてそのまま、身を翻すと。

 来たとき以上に激しく水たまりを蹴って、駆け出した。





 霧雨は降り続ける。容赦なく、しつこく。

 先輩は、その場に立ち尽くしていた。

 手のひらのなかの僕の未来予知のカラーは、鮮やかなレッドになっていた。

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