黒板を、殴った

「……見てたの。あのとき。ぜんぜん、気づかなかった。だって、あのとき。私――」

「――幼なじみの、大好きだったやつに、人生最初の告白を実験なんだなんてかたちで誤魔化した気持ちって、どんなんなんです」

「大好きなんて、なんでわかるの、だって、……ほんとうに、ただの単なる錬金術のたくさんある実験のうちのほんのひとつ、かもしれないじゃないですか」



 あのねえ、と僕はため息をついた。



「本気で好きな相手に対する態度かそうじゃないかくらい、はたから見てれば、わかりますけど?」

「そ、そんなの、見てわかるもんなんですか……わ、私は、この学園の多くのひとたちの恋愛事業を承ってますが……ぱっと見て、そこまでのことが理解できることなぞなく……」

「そりゃ先輩の目が鈍いんだ」



 あとなんだ恋愛事業って。



「本気で告白したんでしょうが。そんで、こっぴどく振られたんでしょうが。そんでそんでもって、振られたことさえも、結社に利用されてるんでしょう。人間関係の実験にしちゃえとかなんとか――」

「――だって、それは錬金術師にとっては正しいことですよ」



 先輩は、眼鏡の奥の目を大きく開いて、……潤ませて、僕を、――いまだけは僕を、見つめていた。



「錬金術は、知恵のすべであり、同時に、悪魔のすべ……」



 あ。ちょっと。ちょっとだけ。――いま、先輩、ちゃんときちんと天才っぽい。



「人間さえも研究対象にするんです」



 だから、と。

 その口が、言葉を紡いだ。



「だから人間関係なんて本気で信じちゃいけない。人間関係だって、実験材料のひとつとくらい思えなきゃいけないんです、……私は個人的に彼を、……葉隠真くんが好きだってことを、ずっと、結社に、咎められてて、――人間関係になんて本気で入れ込むのは錬金術師らしくないと怒られていたんです! だから、これで、あは、あはは、……これでよかったんですよ、」



 先輩は、ますます、目を見開いて。――これ以上なく、見開いて。



「結社の言った通りになれますよ。初恋さえも利用できるなら私は立派な錬金術師になれます――」




 ゴンッ。




 ……思った以上に、硬質な音が理科室に大きく鳴り響いてしまったのだった。

 僕は、黒板を――拳で、大きく殴りつけたのだった。




 先輩がびっくりして僕を見上げている。

 だから、僕はにっこりとした。




「……ああ、すみません。ちょっと、急に、黒板なんか殴りつけたい気分になってしまったもので。ところで先輩、これからデートをしませんか?」




 先輩の目が点みたいになった。

 みんな、冷静で落ち着いた天才錬金術師と先輩のことを評するけれど――うん、やっぱりこのひとは、表情豊かなひとのようだ。

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