さていざ行かんスイーツに

「あのー。天宮雨音先輩の後輩ですが」



 くぐもった息の音が、伝わってきた。……おそらく、なんらかが、一瞬で緊張した。



『……天宮は、どうした』

「あのですねー。天宮雨音先輩は、本日結社をお休みしますので」

『――は? どういうことだ。今日もやるべき実験仕事が溜まってるんだぞ。休ませるわけにいかないだろ。天宮に代われ。とりあえずいますぐ代われ』

「えっと、嫌です。本日いちにちは僕が雨音先輩の時間をいただきますので」

『――貴様、もしや、エスを狙った誘拐!』



 あっ、おもしろい。

 笑いをこらえながら僕は天宮先輩をちらりと見た。

 ……エスの大天才の先輩は、呆然として立っている。そのようすが、かわいくて、かわいくて。だからだろうか。僕は言ってしまった――




「はい。誘拐です。もう雨音先輩はそちらには返しませんので」



 ガチャリ。

 電話を、切った。

 先輩は、両方の拳を握りしめてうつむいている。


「……木守くん。なんてことを、してくれたんですか……? 今日も、結社でやるべき仕事が、山積みだったんですけど……」

「だってデートするなら仕事は休まないと。で、先輩って、遊びのために仮病使うとかってたぶん罪悪感もっちゃうほうでしょ」

「……遊びなんて、もう何年も……エスと私が認定されてから、ろくにやってない」

「でしょう。だから先輩は、休む連絡とか慣れてなくて下手っぴに決まってるんですよ。だから僕が代わりにやってあげました」

「……むちゃくちゃだよ、あなた……」


 僕は、短く笑った。

 先輩も、いよいよ堪えきれないとばかりに、笑った――笑いだした。

 化学室じゅうが埋まってしまうほどの、大声で、明るさで、……からっと晴れた、大空みたいに。



 おかしい、おかしい、おかしいって。

 そう言いながら、先輩は笑ってくれた――光栄なこと。



「さあて先輩。どこに行こうか。どこでもいいよ。タピオカでも飲む? それともクレープ?」

「どっちもです! 両方! 甘いものは、ひとつたりとも逃しはしません!」

「意外とよくばりなんだなあ!」

「だって誘ってきたのはあなたですよ」



 天宮雨音先輩は、笑った。



「スイーツなんて、ひさしぶりです!」

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