第5話 黄昏の島

 今にも日が暮れそうな色の空を維持したまま、車窓から見える空の色はずっと変わらなかった。ここが現実世界ではないという事実を僕らに突きつけながら、電車は走り続けた。りょうさんと取り留めのないことを話しているうちに、いつしか電車はゆっくりと減速し始めており、前方には島のようなものが迫ってきていた。


 島に着くと、電車のドアが勢いよく開いた。

「切符をお持ちのお客様は、こちらで一旦お降りください」


 アナウンスに促されて、りょうさんと僕は島に降り立った。島は実際に降りてみると電車から見えていたよりずっと大きくて、賑やかだった。目の前には緩やかな坂道が続いていて、両脇には所狭しと飲食店がひしめいている。見慣れない食べ物の香ばしい煙や香辛料の匂いが鼻をくすぐって、お腹が鳴りそうになった。ふと頭上を見上げると、赤い提灯が縦横無尽に張り巡らされている。このままずっとここにいたいと思わせるような、不思議な魅力のある島だ。


 しかし何といってもこの島で一番特徴的なのは、人々の首から上が兎や鹿のようなヒト以外の動物であるということだった。


 店の二階の窓から顔を出してたばこをふかす柴犬や、着飾って歩くラット、店番をする豚。通りにはヒト以外のありとあらゆる頭があった。ヒトの頭をしているのは僕ら二人だけだった。


「なんか仮面舞踏会みたいですね、りょうさん」

「あ~確かに!俺も何かに似てるなぁと思っててんけどそれやわ」


 行く当てもなくふらふらと歩いていると、ふいに店の中から声をかけられた。見ると猫の店主が手招きしている。


「そこの兄さんたち!見ない顔だね、何か食べていかないかい?」

すかさずりょうさんが答える。

「いや~、そうしたいんですけどね、僕たちお金持ってないんですよ」

「お代はいいよ、だって兄さんたちこっちの人じゃないでしょ?あ、それに今日予約してた団体が急にキャンセルしちゃったからさ、食材が余ってるんだよね~」


僕とりょうさんは顔を見合わせる。


「じゃあ、お言葉に甘えて!」

 りょうさんはにこやかに答えると、近くのカウンターに腰かけた。こういう時のりょうさんの度胸は本当にすごいと思う。

「よし!じゃあなんでも食べたいものリクエストしてよ、うちの料理はどれも絶品なんだ」

猫の店主は心底嬉しそうに中華鍋を引っ張り出した。


 こんな異世界みたいなところでご飯食べちゃって大丈夫かな、と少しだけ思ったけれど気にしないことにした。りょうさんが嬉しそうだったのでそれでオッケーだ。


 出てきた料理は確かにどれもおいしかった。こってりした肉の甘辛煮のようなものや、細い麺が入ったスープ、もちもちした白と黄色の小さな蒸しパン、色とりどりの野菜を蒸したものに、ピンクや紫の砂糖がたっぷりまぶしてある胡麻団子。次から次へと料理が出てくる。


 りょうさんが食べながら話を振る。

「ところで、この島は何ていうところなんですか?」

「正確な名前は聞いたことないけど、観光で来る他国の人には‘食の国‘とか‘黄昏の島‘って呼ばれてるみたいだね。ここの時間はずっと夕方だからかな。兄さんたちも観光かい?」

「いえ、僕たち探し物をしてるんですけど、どうやって探せばいいのか、そもそも何を探せばいいのかもよく分かってないんです。というかなんで僕らが”こっち”の人じゃないって分かったんですか?」

「いや~、だってこっちの人は皆首から上がこんな感じだからさ、一目見ただけで分かったよ。たま~に紛れ込んでくるんだよね、向こうの世界の人。で、探し物かぁ......う~ん、ボクは何にも分かんないしこの島は料理の店しかないから大したヒントはなさそうだけど......あ、本の国に行けば何か分かるかも。なんでもこの世のありとあらゆることについての本があるんだとさ」


 食べ終わると、僕たちは猫の店主にお礼を言って店の外に出た。店の外には電車が待っていた。


「この電車は本の国行き直通特急です、ご乗車の方はお急ぎ下さい」




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