異世界鉄道の旅

琥珀もどき

第1話 引っ越し

 念願叶って第一志望の大学に合格した僕は、人生の夏休みともいわれる大学生活をスタートした。


 これは、そんな僕が体験したひと夏の不思議な出来事である。


 発端はこうだ。大学のすぐ近くのアパートを借りて下宿していた僕だったが、とある法事の際に親戚が大学からほど近い山に古い家を持っていることが判明した。敷金礼金ゼロ、いわゆるゼロゼロ物件である。ちなみに家賃もゼロ。

 親戚にしてみれば住み手のない古い家を掃除して住んでくれる若いのが見つかったということであり、僕の両親にしてみれば家賃のかからない下宿先が見つかった、ということなのだろう。古い家を掃除し、今の下宿先より離れたところから大学に通わなければならなくなる僕を除いてwin‐winの関係が成立したというわけである。


「純ちゃんももう大学生かぁ~、早いもんだねぇ」


 揺れる軽トラの中で話しかけてくれる親戚のおじさんに相槌を打ちながら、僕は自分で用意した菓子折りをどのタイミングで渡すべきか考えていた。そうだ、家についたら渡そう。ちなみに言いそびれていたが僕の名前は「じゅん」である。


 実際、その家は予想の三倍くらい山奥にあった。僕の実家もそんなに都会というわけではないので山奥とはいえ大丈夫だろうと高をくくっていたが、これは結構な山奥である。本当にここから大学まで通えるんだろうか。街灯もないし、夜遅くに帰るのは怖そうだ。僕はひょろいので、イノシシなんかに遭遇したらぶっ飛ばされてしまう自信がある。

 僕は不安を吹き飛ばすように軽トラのドアを閉めた。車の外に出た瞬間もわっと暑いし、セミがうるさいくらいに鳴いている。これは何ゼミだったか。


「おじさん、ありがとうございました。これ、よかったら食べてください」


 僕は微笑みながら菓子折りを差し出す。


「おうおう、ありがとな!家の掃除が一段落ついたら一緒に食べようや!」


 おじさんは屈託のない笑顔でそう言ってくれたが、その「一段落」は夕方になってもつかなかった。



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