運命の女神と死神に迫られてるのはどうしてですか

野暮天

第1話 運命の女神

 人は運命という単語を聞いたときどう反応するだろうか。笑う? 嘆く? そんなの信じない?


「それでさあ私って運命の女神に後ろ髪はないって言葉嫌いなのよ」

「ふーん」


 古びた校舎は創立何周年かで間の抜けたチャイムがなる。高校二年になったばかりの俺は屋上で昼食をとっていた。先程の発言は目の前にいる濡れたような瞳に豊かな黒髪の少女のものでぐちぐちと続けられる。


「だって裏を返せば前髪しかないってことでしょ。それって私がハゲみたいじゃないっ」


 プンスカ怒っている姿は可愛らしいがこの話題会えばいつもしているので全くもって面白くない。


「本当人間って失礼よね」

「その人間の運命を操っている張本人に言われたくないような」


 俺はそうぼやくと彼女はもう一人を呼び出す。


「ねえセイ、死神としてはどう思う? 」

「……興味ない」


 セイは同じく長めのストレートに無感情な黒の瞳で、先程話した姉ーーアイの言葉をスルーする。


 俺はため息をつく。全くもって不思議な関係だ。

 俺は運命の女神と死神に同時にしつこく付きまとわれているのだ。


 きっかけは一週間前。

 日課のランニングの最中に暴漢に襲われている二人を見つけた。


「おいお姉ちゃんたちなに俺の邪魔してくれてるんだ? ああん? 」

「邪魔ってあんたの方が邪魔なんですけど」

「……自意識過剰」


 案の定絡まれて怯えるようなこともせず余計に暴漢の怒りを買ったのは言うまでもない。


「おらああああああ。生意気な口聞いているとただじゃ済まされないぞ」

「まあ怖い」

「……興味ない」


 哀れな暴漢は全く相手にされないことに怒りを覚えたのか突進してきた。それを華麗に避ける姉妹。見ていて不憫になるほどだ。


「おらおらああああ」


 やけっぱちになったのか男は脇目も降らず猪突猛進で双子の前を駆け抜ける。

 それを俺が目にしたらするべきことはひとつだ。


「ちょっと待ちな」

「はあ? 俺の邪魔すんな」


 暴漢の前に俺はたち塞ぐ。これ以上行く先もないはずだ。


「そこのあんた弱いものいじめは感心しないな」

「あいつら俺のことこけにしてただじゃおかねえ」


 関節をポキポキとならして喧嘩の前の準備は完了したようだ。

 まずい。姉妹を狙って殴りかかる勢いだ。


「バカにすんなああああああ」


 男はそう叫ぶと拳を少女たちの前に振りかざす。それを黙って見ていられるわけもなく俺は二人をかばうような形で立ちはだかる。


「女子供に手を出すとは男の風上にもおけないな」


 そして相手の勢いを利用して投げ飛ばす。昔とった杵柄ではないが師匠に教えてもらった技を繰り出す。


「いたいいたい許してくれええええええ」


 男はそのでかい図体とは裏腹にとても繊細な感性の持ち主だったようで鼻水を垂らして泣いている。見ていて少し見苦しい。


「二人とも早くここを出よう」


 双子の姉妹の手を引きコンビニで冷たいジュースをかって渡す。瓜二つの顔がきょとんとしているのが可愛らしく思わず頬が緩む。


 その時まで俺は油断していたのだ。


 なぜなら二人は。

 死神と運命の女神であったからだ。


***


 人助けをしたあとの気持ちは清々しい。俺はすっきりとした面持ちで自宅に帰る。といってもいまは訳あって独り暮らしだ。


「ただいま。母さん」


 仏壇の前で手を合わせて線香をあげる。毎朝母の前にお供えものをするのが日課だ。母親が死んでからかれこれ五年前になる。父は仕事で単身赴任中だ。


「今日も困った人を助けてさ、俺いい息子だろう」


 少し自慢げに話しかける。返事はないが自己満足だ。寂しさをまぎらわせるように一人呟くのが日常となっている。


「いい子……」

「さっきのあれカッコよかったわよ」


 可憐な少女の声がする。なんだろうと思うとアパートの一室に先ほどの双子が上がり込んでいた。


「何事だっ」

「おどろきすぎ……」

「とって食う訳じゃないわよ」


 俺の反応が大袈裟とでも言わんばかりの反応だ。彼女たちはどうやって侵入したのだろう。部屋の鍵はかけたはずだ。


「あやしんでる……」

「助けてくれたお礼言いに来ただけよ」


 ナチュラルに部屋に居座っているが不自然この上ない。寂しい一人暮らしの俺にかしましい少女たちの光景。俺は瞠目した。


「……ありがとう」

「人助けする勤労少年にプレゼントよ」


 そして怪しげな壺を手渡される。とても古くてなんだかあまり高価そうな印象はない。


「それは呪われた壺……」

「運命の壺よ」


 交互に台詞が入ってきて聞きづらいことこの上ない。その上二人が別々のことを言っている。


「私は死神……」

「私は運命の女神よ」


 はて? 彼女たちは何を言っているのだろう。首をかしげていると二人は俺に迫ってきて。


「……あなたの名前は? 」

「一人暮らしって寂しくない? 」


「寂しくない。あと俺の名は滝川涼」


 答えたのが運のつき。俺は二人にがっしりとホールドされた。


「私はセイ……」

「私はアイ」


 ぎゅっと抱き締められながら呪いがかけられる。


 俺の運命は確かにその時変わってしまったのだ。

 それに気がつくのはもう少し先のこと。


 いまこの瞬間は二人の女子に抱きつかれている現状に戸惑うばかりだった。


「運命って信じる? 」


 その言葉に俺は首を横に降る。

 そんなものがあるなら母は死ななかった。そのはずだ。


 俺は運命という言葉が嫌いだった。



 


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