第8話 何の恨みがあって

 カラスに荒らされたコンビニ前の駐車場の片付けを終えた頃には日が暮れていた。疲れた体でアパートの一室に戻る。

「UMAZONからDVDのお届け物がないかチェックしなさいよっ」

「お中元……来てるかも……」


 のんきな双子二人はすっかり遊び気だ。彼女たちに促されるがままに俺は郵便受けを確認する。しかしそのなかに入っていたのは。


 アルバイトの制服姿の俺と双子が一緒にいる写真だった。俺の写真を好き好んで撮るやつはいないはずだからおそらくアイとセイ目当てだろう。傍目には一応麗しい黒髪の美人姉妹ということになっているんだし。


「ちょっと涼、デリカシーないんじゃない? 」

「失礼……」


 二人は俺の考えを瞬時に読み取りパコパコ俺の背中を叩く。若干いたいが致し方ない。


「アイにセイ、これから気を付けるんだぞ。世の中は危険がいっぱいなんだからな」

「はいはーい」

「了解……」


 双子はそのままずかずかと和室にあがる。俺の話なんざ聞いてはいない。運命の女神にしろ死神にしろ恐れるという感情はないのだろうか。


「テレビよーし。コーラよーし」

「タピオカよし……」


 指差し確認でDVD観賞会の準備は完璧のようだった。


「なんか真面目に心配している俺がバカみたいだな」


 考えてみれば狙われているのは人ならざる存在の彼女たち。恐れるものはないようだ。

 でもアイとセイたちだって感情がないわけではない。恐怖とか嫌悪感とか覚えても不思議ではない。


「ま、気にするだけあれか」


 なにかあったら二人を守れるのは俺だけだ。師匠に相談するという手もあったがあまり大事にもしたくない。騒いで余計に相手を刺激したくないというのもあった。


 話に聞いているだけだが執念深い人間というものはいる。怖がって相手を喜ばせるのは嫌だ。


「ポップコーンの食べ過ぎで夕飯抜くとか言うなよ」

「いいじゃない今主人公が恋人に裏切られて号泣しているシーンなのよっ」

「ドロドロ……してきた……」


 二人ののんきさにあてられたのか俺もだんだん忘れていく。気がついた頃には夕飯のナポリタンを平らげたところだった。


「ううっお腹いっぱい……」

「もう……食べられない……」


 予想通りおやつを食べ過ぎた二人は夕飯の時間には無理矢理食べている状態だった。双子は律儀なのか俺の作った料理は決して残さず食べてくれる。


 母を亡くして、父もいなくなって一人きりだと思っていたから自分のために料理を作る気にはなれなかった。


 でも二人がやってきてからは食卓が賑やかだ。それを幸せに感じながら俺は不穏なことの元凶が呪いの壺だということを察していた。


「母さん、俺大丈夫かな」


 仏壇の前で手を合わせ不安を漏らす。今までは強がって元気な姿ばかり見せようとしてきたけどなんだかそれも無理しすぎな気がしていた。


 写真の中の母は優しく笑っていた。いつまでも変わらない姿で。


「よーしワニ革の手帳最終回よっ」

「いっぱい……見た……」


 アイのドロドロ愛憎ドラマ劇場シリーズに付き合っていたらすっかり夜も更けて朝焼けが目に染みる。


「アイ……もう勘弁してくれ」

「ええ。楽しかったじゃない。今度は人のバナナを笑うなを見るわよ」


 それ完全に下ネタじゃないかと言いたくなるようなタイトルだ。しかも今日は平日だ。学校がある。


「トースト……焼けた……」

「とにかくもう出ないと間に合わない。急ぐぞ」


 そう口をあんぐり開けていたら。

「そんな冷たい涼には朝から痛い少女マンガのヒロインの刑よ」


 そのまま焼きたて熱々のトーストを突っ込まれる。二人は悪魔か。なにが悲しくて食パン咥えて登校しないといけないんだ。


「ふごごごご」


 喉に食パンが突き刺さり熱いのと痛いのとで苦悶の表情を浮かべていると。


「おはよう。涼くん、ベタな少女マンガじゃないんだから……」


 生徒会長の叶多そらとばったり出会う。なんというか見られて恥ずかしいものってあるんだな。


「ふあなた……わふい……」

「お行儀悪いからしっかり食べてから話そ? 」


 今朝もきっちりブレザーを着込んでいる。夏なのに暑くないのか。不思議に思ったが叶多のペースに流される。


「もしかして涼くん、運命の出会いしたかったの? 私で残念だったね」


 ふふっと笑う姿はいつものみんなに親切な生徒会長のもので少しだけ安心した。


「涼くんにはかわいい双子ちゃんがついているものね。可愛い娘いっぱいで幸せいっぱいでしょ」


 ちくりと言われるがからかいまじりの表情では怒る気にもなれない。そうだ叶多はいつだって人に愛されていた。


 母を亡くしたばかりの頃から親切にしてくれている。それがひたすらうっとうしく思っていたころもあったが今では純粋にありがたい。


「涼くん、変わったね。昔はこんな風に声かけられなかったから君の成長を見てお姉さんは嬉しいよ」

「俺たち同い年だろ。でも俺そんな風に見えてるんだな」


 そうだよと笑われると少しくすぐったい。


「だからなにかあったらホウレンソウだよ」

「俺の上司かよ」


 私はみんなの上にたつ人間だからねと笑顔で告げる。それは生徒会長としてという意味なのか。それとも。


「あらあらあら? 滝川なに痛い乙女みたいに食パン加えていたんだ? もしかして運命の……」

「お前なあ」


 せっかく大事なことを考えていたのに写真部部長の成宮が今朝も絡んでくる。


「そういや昨日変な写真がポストに入っていたんだ。お前じゃないよな」

「はあなんだそれ? 昨日のチェキならここにあるが」


 そして自慢げにファイルから取り出す。その姿がすでに犯罪の香りがしている。


「アイちゃんとセイちゃんだっけ? 本当に可愛い。おお麗しの女神たちよ僕にちからを分けてくれっ」


 アイは運命の女神だが本人が聞いたら気持ち悪がるだろう。


「……成宮、あとで話があるから」

「ほへ? これは僕にも春が来るのかな? 」


 叶多がなにか耳打ちしている。二人の仲はどうなっているんだろう。まさか付き合っているとは思えない。でもなにかある。そう直感した。


「じゃあ授業サボらないでちゃんと出席しなよね」

「わかってるって」


 叶多が手を振り職員室がある校舎へと去っていく。これから授業もあるはずなのに自分の仕事もやって偉いなと心の中で呟く。


「俺もたまには真面目に授業聞くか」


 朝早く来たことだし休んでいた分の巻き返しをしなければならない。焦りは禁物だがたまには勉強にいそしむのも悪くない。


 空はよく晴れていて気分のいい一日になりそうだ。


 鼻唄混じりに下駄箱を開く。


 そこには白い封筒が入っていた。飾り気のない普通の封筒。宛名も滝川と書いてある。


「なんだろ。不気味だな」


 昨日の今日で呪いの手紙というわけではないはずだと信じたい。

 開くのも勇気がいたので昼休みになるまで待つことにした。


 アイとセイも遅れてやってくるはずだろうから。

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