第4話 抗えぬ運命とは

 頭上には三十八の数字が浮かびアイとセイを思わず見つめてしまう。これは俺の寿命だったということか。


「不良どもの死の宣告じゃなくて俺への予告だったということかよ」

「……ちがう」


 双子の妹のセイは必死に首を横に振る。まるで幼子が自分の親に訴えかけるように。


「でもこれ俺の寿命だよな」

「涼、セイを責めないで。これは私たちだけの問題じゃない」


 運命の女神であるアイは妹をかばう。その姿は美しい愛情に見えたかもしれない。だけど俺には理解できなかった。


「俺、死ぬのか。母さんみたいに。あいつに忘れられて放置されて最後を迎えるなんて嫌だ」


 思わず本音が出てしまう。自分一人が死ぬのは怖くないと言ったら嘘になる。だから二人の力に怯えた。


「呪いの壺はただ現実を可視化するだけ……」

「つまり俺は元々早く死ぬってことだったのか。だったらなおのこと放っておいてくれよ」


 一人になりたかった。誰にも自分の気持ちはわからない。そう思い込みたかった。


 だけど彼女たちが俺を気遣わしげな目で見ていることに気づいてしまった。


「ごめんなさい。最初は興味本位で近づいたの。だけどいまはちがうっ」


 アイは必死に俺を引き留めようとする。何が本当なのか。


「涼……ごめんなさい」

「謝られる方が腹立つ」


 セイは申し訳なさそうに頭を下げる。死神が罪悪感など感じることはないはずなのに。


「本当に悪いと思ってるならどうして俺に近づいた。興味本位で遊んでいるならそれの方がマシだった」


 これ以上いうと二人を詰るだけになると知り一瞬だけ口をつぐむ。俺はどうしてしまったのだろう。双子の気持ちを知ろうともせず一方的に怒りを吐き出していた。


「俺嫌いになんてなりたくないんだよ。バイト増やそうとか考えていたのがバカみたいじゃないか。いや、そんなこと考えていた俺の方がバカだったのか」


 双子は不吉をもたらすもの。師匠はそう漏らしていたが。


「もう俺に関わらないでくれ。運命も死も勘弁してくれ。冗談じゃない。そんなものに振り回される側の身になってくれ」


 そう吐き出した瞬間二人がひどく傷ついた顔をしていた。


「私たちは悪運をもたらす存在だっていうの知られたくなかったの」

「いつだって嫌われるのはなれていたのに……」


 ポロリと涙がこぼれる。俺は女子を相手に泣かせて何をしている。はっと我に返って二人を止めようとした瞬間、壺が割れた。


「呪いの壺が割れたわ。これから先何が起きるか私たちもわからないの」


 アイは妹をかばうような体勢で続ける。


「お願い。涼のこと何でもするから。セイだけは」

「アイだけは……」


 二人ともお互いのことを守ろうと必死だ。余計につらい現実を思い知らされて複雑な心境になる。そうか。俺死ぬんだ。


「わかったよ。俺が言い過ぎた。もういい」


 責めてもなにも変わらないという事実に俺は諦めを感じていた。だったら俺は何をすればいい?


「涼……わすれないでほしいのは私たちあなたのことが好きってこと」


 そしてぎゅっと抱き締められる。その温もりにほっとしている自分がいたのが嫌だった。

 まるで自分が弱くなったみたいで。

 無力だった頃の自分を思い出す。


 母親を亡くしたあのときのように。


「涼……好き……」

「やめろよ」


 二人に抱き締められながら俺はみっともなくわんわん泣いた。子供の頃の方がましだった。すべての元凶である二人に慰められているという事実に皮肉だなと笑った。


「俺は……おれは……」


 こんな現実認めないと言おうとした。だがそっと頭を撫でられると嗚咽しか出てこなかった。


 運命の女神は俺に微笑みかけることなんてあるのだろうか。死神は無感情に命を奪っていくだけの存在じゃないのだろうか。


 不意に二人が見せる優しさに俺は戸惑うことしかできなかった。


 願うことならば安らかに眠りにつきたかった。


***


「私、運命の女神に後ろ髪はないって言葉嫌いなのよね」


 アイの膨れっ面を思い出す。たしかセイは静かに姉を見守っていた。


 あの台詞を聞くのは何度目だろう。俺も嫌いだと答えればよかったのだろうか。


 でもそれは運命の女神が俺に微笑んだことなどなかったから。

 俺は真面目に生きてきたつもりだったけどこれからあっけなく死んでしまう。


 その事実に恐怖を覚えていた。


 死ぬとわかっていたらもっと誠実に人と接していただろう。


「どうした滝川? 急にやってきて。俺から呼ぶことはあっても自分から来ることなんてなかっただろう」


 すがりつくあてもなく俺は気がつけば師匠の家に上がり込んで無為に時間を過ごしていた。


「らしくないぞ滝川。疲れたのか? 」


 師匠は俺を気遣ってか肝心なことは聞いてこない。だけどなにかを察したのか食事と居所を用意してそっと見守ってくれる。


「バイト……やめる」

「そうか」

「学校……いきたくない」


 今までの自分だったらなにしょげてるんだと笑うだろう。だけど俺はなにも考えられないでいた。


「あのさ、俺連絡とりたい相手がいるんだけど」


 その一言で空気が凍りつく。


「滝川……早まるな」

「別に思い詰めてませんよ……」


 軽薄に笑ってみせると余計に不安をあおったようだ。そうか。俺は端から見るとそんなに危うく見えるのだろうか。


 少しだけおかしかった。


「父の連絡先知りませんか? 」

「わかった。もういい。今日は寝なさい」


 それは教えてくれるということか。それとも教えないということか。


 答えを聞く前に寝入ってしまったから師匠の意図はわからなかった。





 

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