第5話 再会
結局師匠に頼りきりで俺は彼の自宅に居座っていた。そこでは暖かい食事と居所を用意してもらい感謝の念が絶えない。
「滝川、連絡とれたぞ」
自分でも腑抜けた面をしていたと思う。ただすべてを忘れたくて引きこもっていた俺が最後に残した台詞。それを彼は覚えてくれていたのだ。
自分のスマホで連絡とっても結局は着信音と共に不在の事実を知らされるだけだ。師匠がどんな手を使ってくれたかわからない。しかし親身になってくれるのはありがたかった。
でもいざとなるとどう説明していいかわからない。死神と運命の女神がやってきた? 俺の寿命があとわずか? そんなこと信用する人間がどれほどいるだろう。
まして親子だからと行って話せばわかるというほどことは単純じゃない。
アイとセイ。二人はどうしているのだろう。彼女たちは俺の願望が見せた夢かもしれない。今ではそんな風に考えていた。
時は過ぎ一週間。考えれば考えるほど悪循環に陥り学校もサボりがちになっていた。
バイトも師匠から長期に休むと連絡をいれてもらい、俺は自分の責任も果たしていない。結局俺は無力のただのガキだった。
***
「涼、どうした? 師匠さんが心配していたぞ」
都内の喫茶店で待ち合わせをしてコーヒー一杯で粘ること一時間。ようやく父の顔を拝むことができた。
連絡をとっても返信は来ず今日も待ちぼうけを食らうものだと思っていたから会えたことにほっとした。
同時に俺はこいつのこういうところが嫌いなのだと思い出した。
「俺が学校サボってバイトも休んでるって聞いたんだ」
「それはな。お父さんだって心配している」
少しとげがある言い方になったのはどこか他人任せのところがあるからだ。自分が心配しているという割には顔つきはわざとらしく感じる。
「何があったんだ? 聞かせてくれ」
肝心なときに手遅れだという自覚はないのか父は能天気な声だった。イラつきはしないが本音で話そうとは思えない。
母が死んだときを思い出す。
俺は運命という言葉を嫌いだった、だって運命の女神が俺に微笑んでくれないことを知っているから。
母が病気になってからあの人はどのくらい自分の妻のことを考えただろう。それがわからないはずないのに俺は父を軽蔑していた。
それでもすがりつく相手もいない俺は父に向かって吐き捨てた。
「あんたにはわからないよ」
「話してくれなきゃわからない」
忙しい時間の合間を縫ってやってきたのだろう。時おり腕時計の時間を確認している。
「母さんの時だってそうやって結局間に合わなかったじゃないか」
「……涼にはつらいことだったんだな」
父は申し訳ないという顔をする。だがそんな顔するなら母が生きているときにしろよ。
妙に落ち着いていてそれが癪に障る。あんたにとっては乗り越えた過去かもしれないが俺はまだ事実を受け止めきれていないのだ。
「涼にはつらい思いをさせてきた。苦しいときは父さんに頼ってくれ。時間は作るから」
その言葉で俺は自覚する。
ああそうか。もう時間か。
タイムリミットが過ぎたのに気づいて俺は話を打ち切った。
「急に連絡して悪かった。仕事忙しいんだろう。。もう会わなくていいよ」
「涼……」
ものわかりがいい子供だと言われてきた。死を目前にしてもこの性格は変わらないようだ。
伝票を手に会計に進む。
「350円になります」
財布の中から小銭を出すのが億劫で千円札を取り出す。
店員の女性の顔はどこかで見覚えがあるもので。
「……アイか? 」
「さ、さあどなたでしょう」
豊かな黒髪に濡れたような瞳。制服に身を包みバイトに励んでいる姿は普通の高校生のようだったが。
確かに双子の姉のアイだ。セイはどこにいったんだろう。
「私はたまたまここでバイトとして働いているだけであってやましいことはひとつもないわよ。それにセイはアパートで待っているわよ」
「一人でか? 」
自分が引きこもっている間も待っていてくれたらしい。それがありがたいやら不思議やらで俺は小さく笑った。
「どうした涼。知り合いか」
「ああ。たまたまな」
先ほどまでの情緒不安定な気持ちは去り残ったのはアイとセイにもう一度会いたいという強い希望だった。
「悪いけどまた会おう。涼も独り暮らしに困ったら父さんか師匠さんに言うんだぞ」
先ほどまでは口先だけのことだと思ったが冷静に物事を見ているとそれもいいのかもしれない。
頼るというと相手に悪いだとか下手なプライドが許さないとかそういう問題があったが限界まで来ると気にしてはいられない。
アイに出会えたのが何かの偶然でなければ運命の女神はもう一度俺に微笑んでくれるのかもしれない。
もしかしたら彼女には特別な力があるんじゃないか。そう思えてきた。
少なくともアイとセイ、師匠、そして父が気にかけてくれる事実を受け止めて前向きに生きていきたいのだ。
「涼……私からひとつ提案があるの」
会計の時間に手短に相談される。これはアイとセイが考えてくれたということなのか。
師匠の世話になってばかりもいられない。
俺自身が現実を受け止め一度考え直すことができれば。
「ありがとう……。アイ」
真夏のじりじりとした暑さに天を仰いだ。都会は曇っていてろくに星も見れないけどネオンがきれいに輝いていた。
人工的な光に目をチカチカさせつつ賃貸のアパートに戻ることを決意する。
死ぬなんて俺は信じないことにした。
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