第3話 生と死
昼ドラ愛憎劇に巻き込まれた俺はその後もちょくちょく師匠の状態を確認していた。曰く自分では自覚も記憶もないらしい。
「俺が妻をおいて不倫に走る? そんなことあるはずないだろう」
呪いの壺の効果は消えたらしい。セイが大量の雨を降らせるという暴挙に出て師匠は目を覚ました。
「俺は滝川のことはいいやつだって信じてる。だから人の道を逸れることはしてはいけないぞ」
そして妙に真面目くさった顔をして俺の肩に手を置く。つい先日まで道を誤るスレスレだった師匠の言葉はずしりと重くのし掛かった。
「にしてもかわいいお嬢ちゃん二人を侍らせるのもよく考えた方がいい」
責任とれるわけでないなら期待させるのもかわいそうだと諭される。そんなわけではなく勝手に付きまとわれているだけだと弁解したが師匠は相変わらず真面目だった。
「双子っていうのは昔は忌み嫌われていた。それは不吉な出来事を呼ぶということもあるがな」
それ以外にもなにか深い理由があるのか。師匠は口を閉ざす。
「とにかくわかりましたよ。師匠。俺が悪いことするはずないでしょ。あいつと違うんだから」
「父親を悪くいう辺りはまだ納得していないんだな」
俺があいつといったら差すのは一人だけだ。自分の父親。母が死んだときも仕事ですぐには駆けつけられず、結局葬式は叔父夫婦が取り仕切ってくれた。
「大事なときになにもできない人間なんて最悪ですよ」
「滝川にもわかるときが来る」
「わかっても理解したくはないです」
結局憎いのは父なのか。それとも母を大事にしなかった態度なのか自分でもわかっていなかった。師匠は大人だからわかったような口が聞けるんだとも思っていた。
「とにかく滝川困ったときはすぐに相談だ」
「相変わらず過保護だな」
父代わりだからなと笑われれば俺も素直にうなずける。あいつの話さえなければいい人だと心から思える。ただ呪いの壺の影響が心配だったが。
「大人の心配はしなくていい。滝川は高校生なんだからもっと好きにやればいい」
胸を張る師匠に別れを告げバイト先のコンビニに向かう。生活費が足りないので部活には入っていない。代わりにアルバイトで小遣い稼ぎをしていた。
「らっしゃっせー」
ぴろんぴろんとコンビニに客が入ると音楽が鳴る。いつも通りレジで捌いていると。
「おらあああああ。この間はよくもやってくれたな」
アイとセイをかばった代償は案外大きかったのだと理解した。男はあの日因縁をつけてきた暴漢だった。
「お客様申し訳ございません」
バイト先の先輩がなんとか取りなそうと間に割って入る。俺のことを知っているイコール悪いことをするやつという認識らしい。
「用があるのはそこの小便臭いガキにだ」
「その小便臭いガキにやられたのはどこのどいつだ? 」
あおると余計に怒りが増幅され暴漢は俺を睨み付ける。
「とにかくバカにした分お前には痛い目見てもらうからな」
「お客様っ」
先輩はやってられないと首を横に振る。彼に自分のしでかしたことの尻拭いをしてもらうわけにはいかない。
「とにかく表でて話しな」
「おう話がはやくて助かるぜ」
暴漢はにたにたと笑いながら喫煙所にいたおっさんたちを追い払う。
ここが戦いの場になるようだ。
「まずはお手並み拝見といこうか」
男が手をあげると、バイクに乗った仲間たちが大量に押し寄せる。気がつけば周囲を囲まれ逃げ場はない。
「多勢に無勢とはまさにこのことっ」
「こけにした以上いたい目にあってもらうぜ」
男たちは愉快そうに残虐な性質を隠さずに襲ってくる。
「ふん。なかなかやるな」
それを一つ一つかわしていくが人数が多いためなかなか焦点があわせられない。このまま黙ってやられるのも癪だ。
「おらおらおらああああああ」
「あんたたちそれ以外に言うことないのか」
バカとなんとかは紙一重だが彼らには知性は感じない。ある意味それも才能なんじゃないか。そう思っていると。
「ガキが生意気な口聞いてるんじゃねえ」
次第に相手の勢いに押され劣勢にたたされる。
「ほら見ろ。雑魚が楯突くからだ」
「……はっ」
苦しい状況に拳以外で戦う方法を考えようとした矢先だった。
「情けない……」
艶やかな黒髪の無感情な瞳の少女はいつのまにやら俺たちの間に入っていた。死神のセイだ。どうしてここにいる。
「セイ危ないからここにいないで早くここを出るんだ」
「教えてあげる……」
彼女がぼそぼそとなにか呟くと暴漢の頭上に数字が浮かんでいた。死の宣告か。不穏なものを感じた。
「人には寿命がある……。私が関わると寿命が少しずつ減る……」
つまり先日俺の寿命が縮んだのも呪いの壺だけのせいではないらしい。
「この人はいつ死ねばいい……? 」
「やめてやれ。一応未来ある若者なんだから」
暴漢は脂汗を浮かべてこちらをじっと見る。
自分の命を削られているのがわかったようだ。
「ひいいっ。俺は信じない。自分が死ぬわけないだろう」
まるで自分に言い聞かせているようだった。セイはにこりともせず淡々と寿命を削っていく。
「三十九、三十八……」
「お願いだやめてくれえええ」
自分の死を恐れるのは人として当然のことだった。自殺志願者でもなければ人は一日だって長くいきたいと思っている。
「あんたのプライドを傷つけてしまったのは悪かった。俺も謝る。だけどここは俺の職場だ。迷惑はかけたくない、お仲間にもかえってもらう」
だから時間外に一人で来たら話を聞くといったら男はがくがくと震えていた。
「もういい。命だけは助けてくれ」
まるで俺にすがり付くように膝から崩れ落ちる。
「つまらない……」
「俺はなにも知らないからなあああああああ」
三下が捨てぜりふを残してコンビニを去る。逆恨みの人間さえも恐怖で支配してしまうセイの恐ろしさを思い知った。
暴漢の仲間たちもしらけた様子でバイクで去っていった。
「先輩すんません」
「お前のやんちゃはいつものことだ。慣れた」
バイト先の先輩はやれやれと肩を竦める。いつも困らせてばかりなのに許してくれる優しさに俺は甘えていた。
「これからは一発で倒せるよう精進します」
「そこは喧嘩しないようじゃないんだ」
店長や先輩に謝って回ったあとレジに戻るとセイが一人ぽつんとたたずんでいた。少し寂しそうで少しふてくされたような表情が放っておけなかった。
「お待たせいたしました。ご注文は? 」
「タピオカミルクティー……」
「ここにはそんなおしゃれなもの売ってないぞ」
さっき人の命を奪おうとした人間のいう台詞だとは思えない。ちょっと残念そうな姿は年相応のもので。
「代わりのカフェオレなら用意できるぞ」
「カフェオレひとつ……」
だが小銭の代わりに渡されたのは。
「呪いの壺じゃないかっ。いい。いらない」
「情けない……」
どうやら壺は決めたら同じ人間のもとに何度も現れるようだった。
セイは少しだけ顔をほころばせてカフェオレを飲み始める。
「お代は? 」
「おかね持ってない……」
結局彼女は財布を持っていなかったので俺の自腹でおごることにした。
「美味しい……。ありがとう……」
「いいってことよ」
日も暮れて星がきらきらと輝いている。人の命もこんなものなのかもしれない。小さくてでも精一杯輝いている。だから簡単に死ぬなんて決めてほしくない。
「ただいま。ってアイいたのか」
「いちゃ悪い? 」
一人放っておかれた姉のアイはへそを曲げた。そしてめざとくカフェオレを見つける。
「セイばっかりずるいー」
「……アイにもあげる」
俺の分のカフェオレを差し出す。ちょっとそれはどうなんだと思ったが双子は仲が良さそうにじゃれあうのを見てまあいっかとなった。
二人の力は底知れないが見たところは普通のかわいい少女たちだ。
「バイト増やそうかな? 」
俺の小遣いでは最近足りなくなってきた。
「あいつに頼りたくないしな」
父親はいまの俺を見たらなんというだろう。怒るだろうか。でもそんな権利あんたにはないと言い返してやりたい。
「母さんただいま。今日も災難でさあ」
今日も仏壇で手を合わせる。写真の向こうでは母が微笑んでいた。
「でも俺、負けないから」
呪いの壺が畳の奥で転がっているのも知らずに俺は天井を見上げる。
そこには三十八の数字が浮かんでいた。
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