第2話 事実と現実
「涼……」
「りょーうっ」
今日も今日とて死神ことセイと運命の女神ことアイに抱きつかれる。夏場で暑いのもあるが周囲の冷ややかな視線が厳しい。
「二人とも俺に絡む以外にすることないのか? 」
「ない……」
「いいじゃないっ。私たち可愛いし」
それ自分で言うかということは黙っていることにしよう。そして何より俺を困らせたのは。
「呪いの壺……ない」
「もしかして捨てちゃったの? 」
「……まあな」
あまりに不気味だったので資源ごみと一緒に捨てたと白状したら案の定がっかりされた。二人の少し寂しげな表情に胸が痛むがそれはそれ。
「呪いは継続中」
「運命の壺は相手のことわすれないらしいわよ」
げっと思ったがときすでに遅し。仕方がないので明後日の方角を見つめていると。
日課のランニング途中によく見知った顔に出会う。
「よう滝川。精が出るな。二人の女の子に囲まれて選り取りみどりだな」
「師匠、やめてくださいよ」
筋肉隆々の四十代半ばのおっさんが声をかけてくる。彼は空手の師範である前に俺の偉大な心の師でもある。通称師匠だ。
俺が母を亡くしてからはよき相談相手になってくれている。体育会系かと思いきや根はいい人だ。
「今日もランニングか? 頑張れよ。独り暮らしはなにかと物入りだろう、なにかあったら言うんだぞ」
「師匠……」
いままさに困っているところだとも言えず彼の優しさに感動していると。
「ズッキューン。はっなんだいまのは? 」
師匠の前に妙齢の美女が現れた。普段は硬派を気取っていて女になびかないことで有名な師匠がやに下がっている。
「運命って近くにあるものねえ」
運命の女神であるアイが感心したように呟く。なんだかその口調がわざとらしい。
「もしかしてあの壺が原因なのか」
「さあ」
なぜだかご機嫌のアイに嫌な予感がする。
「運命の壺って……まさか恋愛絡みじゃないよな」
「あら大正解よ」
要するに痴情のもつれ生産機だということがなんとなく予想できた。
そして案の定師匠は妙齢の女性と懇ろになっている。
「はあ。あなたは本当に美しい。この世にこんなにきれいな人がいただなんて……。これは運命か」
「師匠さん……私恋をしちゃったみたい」
ぽっと頬が赤くなり互いに見つめあうこと数分。彼らはすっかり出来上がっていた。
「やめろやめろ。師匠の色恋沙汰とか見たくもない」
「あらいいじゃない。アラフォーのただならない恋愛。私大好物なのよね」
アイはやたらと早口になって捲し立てる。
「本当言うとね。私、人のどろどろした昼ドラみたいな恋愛が大好きなのっ。だから私はっ。この燃え上がるような恋で人生ズタズタになって最後に本当の愛に気付く系のラブストーリーが見たいっ。何度でも言うわっ。どろどろしたドラマが好きっ。むしろ見せてくださいお願いしますっ」
勝手に人の師匠を恋愛絡みでズタズタにしないでくれと言いたかったがときすでに遅し。
「……綾子。彼はいったい何者なんだ」
「あなた、ごめんなさい……。私本当の愛に目覚めたの」
しかも知らないうちに女の人の旦那さんまでやってきて三角関係になっていた。
「そこの君が綾子をたぶらかしたのかっ」
「違うの私が悪いの。やめて師匠さんを悪く言わないで……」
女性は師匠の前にたってかばうようにそう告げる。旦那さんはいまにも怒り狂わんばかりだ。
「あーあ余計に怒りを買うだけなのにねえ」
「人の師匠を巻き込んでおいて喜ぶなっ」
そして師匠が女性を後ろから抱き締める。こんな夏真っ盛りにお熱いものを見せられて俺はげんなりした。
「師匠目を覚ませてくださいよお」
「キタキタキタ」
師匠のあまりの変化に嘆いているとアイが目を爛々とさせ俺の胸元を手繰り寄せて興奮ぎみに顔を寄せてくる。
「これよこれっ。私が見たかったのはこれなのよ」
アイはブンブン俺の身体を揺さぶって時おり肩をがしがし叩く。オタク特有の喜びかただ。
「綾子、君は僕を捨てるのかっ。許さない。死んでも呪い続けてやる」
「ごめんなさい。でもそれでいいの。あなたに許されなくたっていい」
痴情のもつれがひどいことになっている。このまま師匠が刺されるんじゃないかと不安になる。武術の心得があろうと危険なものは危険だ。
「ああ最高っ。今日も一日いきる活力もらったわあ」
そしてアイはというと俺に抱きつきながら叫びだす。この娘大丈夫か?
「師匠、逃げてくださいっ」
「俺は男だ。滝川、止めてくれるな」
そして師匠をさとそうにもすっかり出来上がってしまって現実を見てくれそうにない。
「俺はこの人と生涯をともにする覚悟だ」
「なんかかっこいいこといってるけど師匠奥さんいますってば」
「ってことはダブル不倫っ!? 」
きゃあと乙女のような声をあげるアイにため息をつきたくなる。これ以上人の師匠をおかしくするのはやめて。
「最高オブ最高。これでご飯三杯はいけるわ。神様仏さまありがとう」
そのまま昇天してくれればすべてが解決するんじゃないかという邪念が生まれるがこの場では沈黙を守る。
「綾子……」
「師匠さん……」
泥沼三角関係はいつのまにやら壮大な関係に進展していて。
その三人の上に大量の雨水が落ちてくる。
「落ち着いて……」
死神のセイが降らせたらしい。できた子だ。そう思っていると。
「涼……。いまので寿命一日分」
「って俺の命が削られていくのかっ」
忘れていた彼女は死神だった。ただでなにかをやってもらえるほど世の中甘くない。
「むきーっ。セイ邪魔しないでよっ」
「アイがやりすぎ……」
そして今度は双子の喧嘩に巻き込まれる。
確かにあの壺は呪いの壺だ。そう実感した。
「母さん見てる? 俺そっちに行くの案外早いかもしれない」
天国にいる母親に向かって話しかける。運命はきらいだと言っておいてまだ俺はこの呪いのすべてを理解はしていなかった。
世の中は平和なようでどこか殺伐としている。そんなあたりまえなようで当たり前じゃない事実を思い知らされた。
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