第12話 GAMEOVER

【叶多そらGAMEOVER】


 ディスプレイ上に少女の名前が浮かぶ。手駒が一つ減ったことは痛かったがこの先あの憎き双子を苦しめるには好都合だ。


 天界の人間として二人の悪事を食い止めなければ。なにせあの悪魔の壺を地上に持ち去ったのだから。


 あの壺には不思議な力がある。かつて神託を受けるときに使ったとか、そうでないとか。はっきりとした謂れがあるわけではないが長年天界では大事にされてきた。


 無くなったら困るのは当然だ。双子はそれを見越してやったというのか。


 あの壺は恨み言を叶える代わりに心の闇を強くする。あの青年、滝川涼もただではすまされない。


 短い命だからといって許すわけにはいかないのだ。


 手駒となる人間の口封じはもう少しあとにしよう。


 今は情報収集に専念する他ない。


 次なる動きに注目してから行動に移るべきだ。天界への報告もある。


 彼はひとり笑っていた。


***


「しかし暑いなあ。二人も俺にべったりしないでくれよ」

「ええっいいじゃない」

「暖かい……」


 冷え性な双子に抱きつかれるとひんやり気持ちがいいが、成宮のやっかみを買わないか心配だ。とにかく他にも冷ややかな視線が浴びせられ気分としては針のむしろだ。


「くそう。滝川お前は場所もわきまえずいちゃこらしやがって」

「先輩やっかみです」


 後輩の玻名城はやれやれとため息をつく。なんというか写真部の力関係が崩壊しているように見えるのは気のせいか。


「叶多先輩は大丈夫なんですかね」

「今は学校を休んでいるらしい。あの人がそうなるとは思いもしなかった」


 生徒会長の叶多そらは呪いの壺による力を利用していた。恨み言を叶え、体はボロボロだった。それは以前から続く自傷行為によるものもあった。


 彼女は救いを求めていたのだろうか。だとしたら俺はあまりにも無力だ。


「あんまり思い詰めなくてもいいんじゃないかしら? 」

「涼……頭使ってもあまり意味ないから……」


 フォローしているのか微妙に貶されているのか判別しづらかったが双子の言うとおりかもしれない。俺が悩んでも解決することではないし。


「よしっ。みんなでお見舞いに行こう」


 放課後となり校内は閑散としていた。多少の無理をしても許されるだろう。

 幸いバイト代でためた金もある。今日はシフトも入っていないから叶多にケーキでもかっていこう。


【滝川涼GAMESTART】


 その時背後で誰かが笑った気がした。しかも悪意のある声で。気分はよくなかったがおれ自身が気にしても周囲はなにも気づいていないようだった。


「行くか」

「マドレーヌなんていいんじゃない? 紅茶に浸すと幼少期の思い出に浸れるし」

「それ……あんまり美味しくない」


 双子の押し問答をほほえましく思いながら校門を出る。


「くそうハイソな会話についていけないぞ」

「先輩生徒会長の家に行く気満々ですね」


 どうやら写真部の二人も付き合ってくれるらしい。これだけの人数が入りきるのかは若干不安はあったが。乗り掛かった舟だ。彼らの好意がわかっているからこそ無下にしたくなかった。


【滝川涼TIMEOUT】


 ぞわりと悪寒が走ったのは俺の寿命に関わることだったのかもしれない。背後に大きな力があるのも気づかず俺たちは叶多そらの家に向かった


***


「お邪魔しまーす」


 双子の片割れのセイがノックをして、姉のアイがインターフォン越しに挨拶する。


「申し訳ございません。そらさまは今部屋に籠りきりで……。どなたが来ても帰ってくれの一言しかいただけず」


 出てくれたのは家政婦さんだった。知らなかったが叶多そらの家は想像以上の豪邸だった。本来なら家族が対応してくれると思ったがそれにあたる人はいない。


「あの滝川が来ていると言えば取り合ってくれるかと」

「滝川ってお嬢様の言っていた涼くんのことですか? 」


 家政婦さんは急に目の色を変えて俺の肩を掴む。妙に力が入っていた。


「お嬢様はいつも涼くんのことばかり話していましたよ」

「心配してくれていたんでしょうね」

「ええそれもありますが」


 その顔は人の色恋沙汰に興味津々というようで彼女も人の子なんだと思い知らされる。


「わかりました。私もここは一肌脱ぎましょう。これもお嬢様のため」


 口ではそういっているがどこか嬉しそうだ。まあ自分の子供みたいなものなんだろう。


「僕たちがついてきた意味はあると思うかね玻名城」

「先輩……自分のことが一切触れられていないのが不服ですか」


 後ろから写真部の二人がこそこそ会話している。二人の手には人数分のケーキが。ついでにマドレーヌもある。これはアイのリクエストだ。


「まあ荷物もちも必要ってことで」

「モテ男の余裕ほど腹のたつものはないな」


 俺が適当にいなしていると家政婦さんから合図が送られる。どうやら食事の時間といって騙し討ちをする作戦らしい。


「みんなチャンスは一回きりだからな」


 俺たちは顔を見合わせると叶多の部屋の扉の前に忍び足で向かう。会わせて6人もいるのだから大所帯だ。


「お嬢様、食事運んできました。ここにおいていくので召し上がってください」

「……」


 叶多からの返事はない。仕方がないので全員が立ち尽くす。


「食欲ないの……」


 か細い声で叶多が拒否するのはわかっていた。だけどそれでは可愛そうだ。


「叶多、俺だよ。ケーキ買ってきたんだ。食べないか? 」

「……涼くん」


 明らかに動揺していた。まさか俺が来るとは思わなかったのだろう。


「傷口に塩塗るようなことするんだね」


 少しやさぐれた様子でゆっくりと扉を開ける。ギイと音がして中を見るとかなり豪華な作りの部屋だった。


「悪いな。予定も聞かず来て。これ手土産。全員分あるから」


 テーブルは人数分ぴったりの席があり彼女の家が裕福だということがわかる。

 でもそれでもどこか満たされないのはこの家全体から伝わってくる。


 娘が休んでいても自分から距離を縮めようとはしないのだろう。両親も心配していないわけではないがそれより優先すべきものがあるのだ。


 俺の父とやっていることは変わらないのかもしれない。だけど叶多はひどく傷ついて見えた。


「最近顔見ないから心配でさ。学校来てないだろ」


 中学のころとは真逆の構図。俺が休み勝ちだったのは母が亡くなったからで、彼女が学校に来れないのは呪いの悪影響で。


「マドレーヌもあるんだ」


 アイとセイがうなずき彼女に手渡す。双子は神妙な顔つきでことの行く末を見守る。


「気持ちは嬉しいけど私どんな顔して行けばいいの? 」


 男をとられて逆恨みして結局玉砕して。バカだよねと笑う。


「そんなことない。バカは俺だ」


 人の気持ちにも気づかず結局苦しめてしまった。だから人の心の機微に疎いのも悪かった。俺は結局自分自身にしか興味がなかった。


「あーあ。そんな顔されたら怒れないよ。ずるいなあ」


 成宮には口止めしたのにと笑う。


「でも結局涼くんは私のこと好きじゃないんだよね」


 痛いところを突かれると言葉につまる。


「双子ちゃんたちのこと可愛いけど全然可愛くないって感じ」


 彼女にとったらアイとセイは途中で間に入ってきた子供程度にしか思っていないのだろう。


「よし。決めた。私いい女になって振ったこと後悔させてやるから」


 叶多は泣き笑いのような顔をしていた。これが彼女なりの強がりかたなのだろう。


「うん。俺いつか後悔すると思う。だけどその時は笑顔で会おうな」

「ちょっと上からなのもムカつくよね」


 ふふっと笑って彼女は歩き出す。その先に光があるのだと信じて疑わない。そんな歩き方だった。


***


【叶多そらTIMEOVER】

【滝川涼STARTAGAIN】


 これからが復讐のはじまりだ。

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