第16話 Another side
地上に降りて早数ヵ月。アイはため息をついた。
「ううっ見つからないわね。運命の女神としては悔しいところだけど」
彼女は双子の妹のセイと一緒に天界から呪いの壺もとい恨みの壺を持ち去っていた。普段はアイが持っているのだが時おり消えてしまう。なぜだろうと考えても答えはでなかった。
「天界の人間にぎゃふんと言わせるつもりだったのに」
当然だがアイは天界の人間とは折り合い悪く、冷遇されていた。それは運命を歪ませてしまうことが原因で。
それでも天界には優しい人もいた。滝川という大人の女性はさめざめと泣いているアイを慰め励ましてくれていた。
『アイさん、泣いているとかわいいお顔が台無しですよ。笑ってください。そうすれば元気が出ますよ』
彼女には地上に置いていった息子がいるらしい。そのことをひどく気に病んでいた。
曰く、自分のことを後回しにして大切な人のことを優先してしまう息子だそうだ。
地上に降りたら会いたいな、と思い住所を記したメモを片手にあるく。
「行ってきますっ」
短髪の筋肉質な青年がアパートの一室から出てきた。おそらく彼が滝川の息子なのだろう。顔はあまりにていないがどこか面影がある。
「朝早くから元気ね」
そして日課なのか彼はランニングを始める。知り合いが多いのか挨拶を欠かすことなく続け、気がつけば街の公園にたどり着いていた。
「おい滝川、見事なランニングだったな」
彼の師匠がバシバシと肩を叩く。武術が得意そうな体つきをしている。たしかに青年の母に聞いていた通りだった。
「天国のお母さんもきっと見ているぞ」
「そうだといいな。ありがとう師匠」
親代わりの師匠がいるから心配ないけど彼の父はどうしているのだろう。疑問に思い今度は女性の夫を探すことにした。
金融街の一角にオフィスはあった。忙しい男らしい。どこか疲れた表情でパソコンのキーボードを叩いている。
「涼、元気にやっているかな」
ぽつりと呟く姿はどこか寂しそうで直接会えない心苦しさのようなものを感じた。
本当ならすぐにでも青年のことを伝えたかったが見ず知らずの他人が声をかけるのも変だ。だから一礼だけして去った。
「ふう。それにしても遅いわね」
妹のセイは物静かでかなりマイペースだ。彼女と一緒に壺を持ち去り、消えたそれを探している最中だったが。
「タピオカ……美味しい……」
片手には女子高生の間で人気のある漢字がやたらと多い店名のタピオカミルクティーがあった。ちょっとばかし羨ましい。彼女は甘いものが好きなのだ。
対するアイは昼ドラが好きだ。恋愛とは名ばかりのどろどろした人間関係にときめきを覚えるのだ。実際にあったら迷惑極まりないがそれはそれ。
アイの周囲の人間関係も一筋縄でいかないことが多いのでロマンを見たいのだ。
人が絶望したとき、そこから抜け出すにはどうしたらいいのか。愛が世界を救うはずないがそれでも夢は見たい。
特に運命の女神として周囲の心を簡単に変えてしまう己の力には辟易していた。意図せずとも嫌われてしまう。悪意がなくとも関係ない。
運命とはものはいいようだと周囲は笑う。ただ掻き回して面白がっているだけだと。
牡丹と紅葉の名台詞を思い出す。
『あんたなんて紅葉じゃなくてただの細長い鹿よ』
強烈なインパクトを残したものは何回もするきれるほど見返す。退屈な現実を忘れるための現実逃避であったが力にもなった。
「アイ……考え事……? 」
「ええ。滝川さんの息子さんと旦那さんの顔を見てきたの」
ちゅーとタピオカを吸い込んでいく勢いはまるでバキュームのようで少しだけ驚いた。案外まだ子供なのかもしれないと一人で笑う。
「壺……見つかった……」
どうやら青年のアパートにおいてあったらしい。ならば事情は簡単だ。
「呪いの壺を彼に渡せばいいのよ」
それは恨み言を叶える壺。彼自身に願いがあるかはわからなかったが、ひとまず人の手元に残ることで効力を発揮する。
人ならざる存在であるアイとセイにはまったく効果はない。だとしたら一番近い赤の他人を選ぶとしたら彼だろう。
「じゃあここで作戦を練りましょう」
青年がいつも通っている公園で訳あって知り合い、家にまでお邪魔させてもらう。そして呪いの壺を引き渡す。
単純だがこれでうまくいくはずだ。アイとセイはまだ子供なのであまり深くは考えていなかった。
「アイ……寿命見えたの……」
セイはぽつりと呟く。それは彼のものだというのか。
「短くなっていた……私が近づいたから……? 」
セイはいつだって自分の力に怯えていた。死神として疎まれ、人の死に際に現れることで忌み嫌われていた。
だけど姉として答える。
「こうなったら恨み言で寿命を戻してもらいましょう」
叶うかどうかもわかっていなかったがそう思い込むことにした。
それが一番賢明な策にも思えたからだ。
そう考える時点で甘いのだが二人はまだ幼く、現実が見えていなかった。だから自分達の考えた案がベストなのだと信じて疑わなかった。
滝川涼。それが呪いの壺の業を背負うことになるとは本人も思いもしなかっただろう。
「ふふっ。タピオカ、セイのもちょうだいっ」
「いい……のんで……」
一見すると仲むつまじい姉妹が楽しんでいるだけだが背後で天界の人間が確認していることを二人は知らなかった。
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