第13話 ノーバディ、部屋を荒らす
辿り着いた備品倉庫の部屋の扉は開け放たれていて、中からは相変わらずけたたましい物音と喚き声。と、血相を変えて下士官が一人飛び出してきた。
「もう無茶苦茶だああ」
髪はぼさぼさ、何故か頬に傷を作って、涙声で叫びながらミカゲとハオユーの間をすり抜け走り去っていってしまう。顔を見合わせ、二人は互いに手のひらで室内を指し示した。
「どうぞ」
「いやミカゲ少尉こそどうぞ」
「いやいやハオユー少尉殿どうぞ?」
「どちらでもいいから助けて下さいいい」
譲り合っていると中から助けを求める声が聞こえた。それが女の声だったのでミカゲは進んで先に乗り込む。
入った目の前で、傾いだ金属製の重い書類棚をようやっと支える女性兵の姿を認め、すぐさま棚を背中で押さえる形で助けに入った。
「ハオユー!」
「おっこれはいかんな」
ミカゲが呼ぶまでもなくすぐ後ろに入ってきていたハオユーは、女性兵を挟んでミカゲと反対側の棚下まで駆け寄ると、腰を落として肩で棚柱をぐっと押す。なんとも頼もしいことにハオユーのひと押しで重い書類棚は起き上がり少しぐらついた後安定を取り戻した。
見渡すと部屋の中は散々な様子だ。床には棚から落ちたのであろう書類や備品類が一面散らばっていて無秩序を極めている。奥に見える戸棚は横倒しになって引き出しを吐き出していた。閉め切られた窓から入るぼんやりした明かりに舞い上がった埃が浮かんで見える。
「何があった」
肩で息をして膝に手をつく彼女に手を貸して、ミカゲは尋ねる。
「よく……分かりませんが……小さいものが嵐のように部屋を荒らして」
「出ていったか?」
「分かりません」
その返答を受けてミカゲはハオユーに目配せしてから詠唱を始める。
「──Sprite insight」
足元に光の魔法円が展開され、すぐさま消えると同時に桃色の淡い光が波のように広がり部屋の四方を舐めていく。途中三箇所で光の粒子が乱れる様子があった。
「俺は十一時、ミカゲは三時の方向だ!」
「君は扉の前に立て!」
察しの良いハオユーの言葉に次いでミカゲは女性兵に指示を出し、自らはその辺りにひっくり返っていたブリキの書類箱を手に取った。三時の方向、乱れた光の残滓がまだ残る空間には、よく目を凝らすと微妙に屈折して見える領域がある。間髪入れずそこを目掛けて箱を逆さに被せ込んだ。
被せ込んだ瞬間がんごんがんとブリキ箱に中から何かが体当たりする音が響く。片手で押さえながら振り向くと、ハオユーはハオユーでどこからか取ってきた麻袋に暴れる何かを捕らえてミカゲを見ている。
「もう一体は」
問うハオユーの声には返さず、小さく唱えていた詠唱を完成させて魔法を放った。ミカゲの指示に従って扉の前に立ちすくむ女性兵の目の前で、罠状拘束魔法が展開する。とほぼ同時に罠に入り込んだ何かのために拘束魔法の効果が発動した。紫色に透ける指のような細長い魔法線が幾本も伸びて目標をがんじがらめに拘束する。
「お見事」
ハオユーが言って寄越すのに軽く頷いて返し、ミカゲはブリキ箱を押さえるのを左足に替えて立ち上がった。拘束魔法に捕らえられたものの姿を見ようとするが、うまく形を認識できない。空間がぶれて見える部分の輪郭から察するに小さな人の形をしている。
「ノーバディだな」
「うむ」
ミカゲは首肯する。ノーバディは妖精の一種で、これと言って危険性のない存在のため特に討伐対象ではないのだが、民家や施設に入り込んで悪戯をすることが多々ある。硝子細工のように透ける身体を持ち肉眼では見付けづらく、薄羽根で飛び回って捕まえにくいこともあって厄介者として嫌われている。とは言え物理的に触れることが可能なので捕まえてしまえばなんということはない。
散乱した紙の山々の合間を、大きい身体を精一杯縮こめてかいくぐりつつハオユーが寄ってくる。
「ミカゲお前探知魔法覚えたのか」
「何かと使えるだろう、偵察隊がいない時とか。あとは上級魔術士試験に備えてだな」
「しかも妖精用? ニッチだな」
「案外こういうのが評価点もらえるんだよ」
「なるほどな、俺も習得してみるかな」
話しながらミカゲとハオユーは協力してブリキ箱の中の妖精を麻袋の中に移した。暴れ過ぎたかぐったりしていて移すのは案外容易だったが、これをどうするかが問題である。討伐対象となるモンスターと違って妖精はそうそう安易に処分するわけにはいかないのだ。
ミカゲは未だに備品庫の扉のところで固まっている女性兵に声を掛けた。
「当番兵を呼んできてくれるか」
「は、はい」
彼女が応答して立ち去るのを見送ると、入れ替わりのように廊下からどすどすと足音が響いてくる。見ていると扉からウォルターが勢い良く乗り込んできて、彼は一瞬拘束魔法に囚われの妖精に注意を逸らされながらも、すぐに気を取り直した様子でミカゲを睨んだ。
「ミカゲ少尉! パートナー解消の申請を出したってのは本当ですか」
耳に入るのが早い。どこのどいつだ言いふらしたのは。
大方噂好きの下士官辺りだろうが、と呆れつつミカゲは腕を組む。
「その通りだが」
「俺が解消申請を取り下げたのを知っていてわざわざ申請し直すとは、いい度胸じゃねえですかっ」
「別にお前に対する嫌がらせのつもりでやったわけじゃない。こちらの都合だ」
「口ではどうとでも言えるがどう考えたって当てつけじゃねえか、この陰険野郎め!」
ウォルターが激昂して口さがなく放った言葉、陰険野郎、のところでハオユーが吹き出す。
「どう思おうが勝手だが、お前の申請却下は一時の感情に任せた行動だろうし、不満に思ったところで俺だけ責められる謂れはない」
ハオユーの反応にはあえて触れず冷淡に返すミカゲの言葉を聞いて、ウォルターの顔面がみるみる赤く凶悪になっていく。角でも生やせばオーガと言われても納得の顔である。
「お前って奴は……つくづく……気に食わねえ……前からだが……」
今にも殴りかねない怒気を発散させるウォルターの様子だが、ミカゲは平気な顔でハオユーに振り向いた。
「ミーティングの途中で抜けてきたんだ。後は任せてもいいかハオユー」
「俺は構わんが、彼はいいのか」
「今までも散々言い合っているんだ。今更何も」
そこでとうとうウォルターがミカゲに掴み掛かった。
「ちょっと見直したと思ったらすぐこれだ! 頭でっかちのお前さんを俺が守ってやろうって柄にもなく思っちまったのが全くの無駄だ! ほらほらミカゲ少尉殿の嫌いな無駄だぞ、無駄!」
「なんだ急にっ。気持ち悪いから離せ」
「俺だって気持ち悪いが我慢ならねえんだ!」
胸倉を掴まれて抵抗するミカゲと尚も何やら怒鳴りつけるウォルター。横でハオユーはもぞもぞ動く麻袋片手に面白そうに笑ってそんな二人を眺めている。
コンを行かせたら面倒事に首を突っ込んで時間がかかるだろうからと自分が出張ったのに、何だこの面倒な顛末は、とミカゲがいい加減ささくれ立ってきたところに、更なる訪問者が備品倉庫へ現れた。
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