第9話 ミカゲとコン、酒を飲む

 帰還したその足でそのまま衛生科本部へ赴き治療を受け、内部から治癒効果のあるという薬剤を処方されて戻る頃には日が暮れていた。

 血を失った所為か空腹のためか多少のふらつきを覚え、覚束ない足を踏ん張りながらミカゲは衛生科のある棟を出る。入り口辺りでコンが立っていることに気付いた。ミカゲを見つけると歩み寄ってくる。

「全快はしないんでしょう? あれだけ深いと」

 何の前置きも無く尋ねられ、しかしミカゲも気にせず答える。

「何回か市街にある軍提携病院に通院だとよ。薬剤も出されたよ」

「顔色が悪いね」

「何か食いたい」

「食堂へ行きますか?」

「いや」

 コンの目を見つめながらミカゲは口の端を片方だけ上げて笑う。

「夕食を外で一緒に如何かな?」


 ざわざわと騒がしい店内の隅の方へ通してもらい、ミカゲとコンは椅子に落ち着いた。

 一旦各々の部屋に戻り身支度を済ませて再び合流し、二人は極々大衆的なパブへ入ったのである。

 静かに話をするには向かないかもしれないが、聞かれたくない話は酔客の声に掻き消されて都合が良い、そんな場所と言える。

 聞かれたくない話をするわけではないであろう二人は、注文の後、ざわめきに掻き消えないよう少し声を大きくして話し始めた。

「魔法防衛大学での生活はどうでした?」

「人生で初めて走り過ぎて吐くという経験をした。教官は人を虐めて喜ぶ変態サド野郎だ。座学は面白かったが国への忠誠を作文にしろと言われた時は難儀した」

「大変だったんだねぇ」

「心がこもっていないな。無理もないか、予備修練所は聞くところによると刑務所も真っ青の地獄らしいからな。お前の方が過酷な環境を耐えたんだろう」

「まあ私は体力バカだから」

「お前は馬鹿ではない。学問さえ修めれば必ずものになると思っていた。だから何故と」

 コンを見据えるミカゲの目が暗い輝きを放つ。

「…何故軍属を選んだ。お前の器量なら他の何にだってなれた」

「買い被らないで。私はそんな大層なものじゃない。今だって十分に職責を果たしているかは怪しい」

「質問に答えろ。何故軍人になど」

 お待たせしましたー、と明るいが酒に焼けた声で女性の給仕が料理と酒を運んでくる。卓上が俄かに狭く感じる。

 彼女に軽くチップを渡し、騒がしい店の中心へ再び踊るように戻って行く姿を見送ると、ミカゲはコンに向き直る。

 コンは酒杯を手に取ると困ったような表情で笑って見せる。杯を目線の高さに掲げた。

「…乾杯しましょうよ。私達の再会と作戦の成功に」

「二人の再会に」

 こつ、と木製の杯を軽く触れ合わせると、二人共一気に酒を飲み干す。杯を卓上に戻してコンは小さく声を出す。

「くー」

「…どこぞの親父かお前は」

 ミカゲは呆れた顔である。

「ふふ。仕事の後のお酒は美味しいねえ。思えばミカゲとお酒を飲むのは初めてだ。一緒に飲む日が来るなんて思ってなかったから」

 杯の取っ手を弄りながら手元に視線を落とし話していたコンだが、そこで言葉を切るとミカゲの目を見遣る。

「嬉しいな」

 胸を突かれた思いがして、ミカゲはコンの視線から逃れるように目線を落とす。今度は自分が杯を弄んでしまう。

「…質問に答えてもらっていない」

 自らの理解し得ない動揺を押し隠すかのようにミカゲは低く声を絞り出した。このように騒がしい店の中にあって聞き取れるか怪しい声量ではあったが、コンには伝わったようだ。悪戯っぽく笑うと言葉を返した。

「その質問に対する答えは私の内面にひどく関わるものなの。貴方には教えられないなあ」

 予想外の返答にミカゲが内心困惑していると、更にコンが続ける。

「パートナーになることがあったら教えてあげる」

 パートナー。

 ミカゲは天啓を受けたような思いがして目を見開いた。コンを見ると、彼女は素知らぬ風で料理を食べ始めている。

 何故か全く思いつかない発想だった。コンとパートナーを組むということがだ。だが一度言われてしまうと、不思議と違和感無く身に馴染む考えと思えた。

 コンを凝視するミカゲに気付いて、彼女はフォークを口に運ぶのを途中で止める。

「食べないの? お腹が空いているんでしょう」

「お前とパートナーに…」

「なるかは分からないけど、そういうことがあればってことですよ」

「大隊長に話をしてみる」

「ええ?」

 今度はコンが狼狽する。

「何故? 今のパートナーは? というかそんなに理由が聞きたいならいつか話すから」

「理由などどうでもいい」

「あ、貴方ね。散々しつこく聞いといて」

「お前を俺のパートナーにしたい」

 睨むように見つめてミカゲはコンに告げる。コンは細い目を今は大きく見開いてミカゲを見つめ返している。

 コンの様子には構わず言葉を継ぐ。

「俺はずっとパートナーが定まらなくて」

「そんなの難アリ物件じゃない! かく言う私もだけど!」

「後悔はさせない」

「押し売り行商人みたいになってる! 在庫品を売り付けるつもりだ!」

「お前さらっと言っているが随分酷いぞ」

「全部我が身に刺さる思いだよ! 私も元の隊で中々パートナーが安定しなくてね! こちらの大隊長が拾って下さったけどご期待に添えるかどうかってところです!」

「何を息巻いてるんだお前は」

「ミカゲが急に変なこと言うからだよ! あ、お姉さーん! お酒お代わりくださーい!」

「飲み過ぎるなよ。負傷した腕じゃ担いで帰るのは困難だ」

「私を舐めるな。アジル区第三大隊に酒神ありと言わしめた女だぞ」

「ほーぉ」

 パブの賑やかさと裏腹に夜は更けていく。

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