第8話 ミカゲ、ウォルターと口論する

 応援のため他班が到着した頃には既に獣は死後の痙攣すら収まり、その不気味な身体を横たえているのみであった。

 そこから更に時間を置いて、衛生科と処理科が到着する。

 処理科の兵士が素っ頓狂な声を上げながらマンティコアの頭部だった肉片を片付けていく。その光景を横目で見るミカゲは、広場の端に座り込んで衛生科の兵士から治癒魔法を受けている。女性兵が真摯な顔付きで言う。

「深部組織にまで牙が食い込んだようです。風刃魔法の余波による裂傷も無数にありますし。後程兵営の衛生科本部まで本格的な治療を受けに来て下さい」

「了解した。ひとまず痛みはましになったよ、有難う」

 ミカゲは彼女に向けて微笑む。女性兵の頰が心なしか紅潮し、一瞬前まで平静だった目が少し泳いだ。

「い、いえ。職務ですので」

「職務とは言え君のような女性に丁寧に治療してもらえて、こちらも怪我をした甲斐があったな」

「そのような…」

「先程までの凛々しい表情も素敵だが、少し照れた顔も」

「ミカゲ少尉」

 頭上から声がする。気付けばコンが横に立ってミカゲを見下ろしていた。

「あの、失礼致します」

 衛生科の女性兵は頰を染めて慌てて去って行く。つまらなさそうな目で彼女の背中を見送るミカゲである。

 コンは肩をすくめた。

「何してるんです。相変わらず無責任な遊びをしているんですか」

「無責任だの遊びだの酷い言い様だな。美しい女性に声を掛けることの何が悪い」

「全員と結婚するならいいんじゃないですか」

「声を掛けるだけでそこまでせねばならんのか」

「昔、貴方の声を聞くと妊娠すると騒いでいた乙女達がいてね…」

 笑いを噛み殺しつつコンは言う。ミカゲも気の抜けた笑みを浮かべた。

 緊迫した状況から脱して、気分が緩んでいるのを二人共感じていた。恐らく他の班員も同じだろう。ただ一人、今も遠目にミカゲらを注視しているヘザーだけは違うかもしれない。

 ミカゲはコンの笑んだ顔を見上げ、今度は引き締まった笑みを作る。

「よく指示を遂行してくれた。お前の働きのおかげで作戦が成功した」

「貴方はいつもあのような無茶な作戦を考えるのですか? 定石であれば応援が来るまで時間を稼いで、多数で囲んで攻撃して仕留めるところ」

「無茶ではない。個々の能力を考えれば十分遂行可能な範囲内で、最も効率的で被害も少なく済む。事実、マンティコアとの交戦時頻発する被毒は防げた」

「…貴方が重傷を負っています」

「確かにそれは想定外だった。今回の個体は変異体だったのかもしれない。頭部の耐久性が異常に高い」

 研究室に報告すべき事案だ、と呟くとミカゲは顎に手を添えて考え込む。コンはそんな彼の姿をぼんやり眺めた。

 そこにウォルターが歩いてくる。彼も自らの魔法によりミカゲ程ではないが負傷していたため、治療を受けていたようだ。

 ミカゲが彼に気付いて片手を軽く挙げる。

「御苦労だったな。素早く対応した点は流石だった」

「引っかかる言い方をするじゃねえか。その他の点では評価出来んとでも言いたげな」

 ミカゲは片眉を跳ね上げる。

「作戦中俺にいちいち逆らうな。お前の戦闘における能力は大したものだが、合理的な動きをできてはいない」

「何でもかんでも理屈通りに行くと思うなよ。お前のその怪我だって」

 ウォルターがそこで言葉を切る。一瞬の逡巡の後、続ける。

「しなくていい負傷なんじゃねえのか。応援を待てば別にお前があんなに前に出ることはないだろ」

「俺の心配をして下さっているのか」

「お前だけじゃねえぞ。班員に身を削ることを要求するお前のやり方だと、効率的だなんだと言うが危険が大きいじゃねえか」

「個々がその能力の全力を以って臨むことが出来ていれば最大の戦果を得られる。危険は元より承知の職務ではないのか」

「それで自分が死んだらどうする!」

「死を恐れて躊躇う方が危険だ」

「あの、お二方」

 激してくる二人を宥めるような柔らかい調子でコンが割って入る。思いも寄らぬ横槍に二人は同時にコンを振り向いた。

「作戦自体はこれ以上無いくらい綺麗にハマったのだから喜びましょうよ。短時間での任務遂行、大隊長も評価してくれますよ」

 ぐ、と息を飲み込んで、しかし厳つい顔を一層厳めしく顰めてウォルターは返す。

「あんただって着任早々大変な危険を引き受けさせられて、文句のひとつもあるんじゃないのか」

 どうも勢いが付かない。コンの飄然とした振舞いに毒気を抜かれてしまうのかもしれない。

 コンは微笑んでこともなげに言う。

「私は命令に従うだけです。文句などありません」

 またミカゲは首筋辺りがぞくりとするのを感じた。今度は自覚的にならざるを得ない。

「おいおい…」

 苦笑いを浮かべてウォルターは呆れたような声を出す。

「あんたには何となく死んでほしくないんだがな」

「私は死なず命令を遂行するよう努力するだけですよ。でもありがとうございます。先程の戦闘、お見事でした。短時間の詠唱、咄嗟の判断。ミカゲ少尉の考えを理解しておられるからこその動きでしたね」

「うぐ」

「む…」

 ウォルターが呻き、ミカゲが唸る。

 二人の動揺には頓着せずにコンはにこやかに続けた。

「仮とは言え素晴らしい班に編入させて頂いたと思います。皆が連携を取れている、速やかに行動する。暫くの間でしょうけど、この班の一員として精一杯働きます。改めてよろしくお願い致します」

 流れるようにそう言うと、コンはぺこりと一礼して背中を向けて立ち去る。

 去っていく彼女を見送り、気まずいような空気を体いっぱいで感じながら、どちらからともなくミカゲとウォルターは目を合わせた。

 先に口を開いたのはウォルターである。

「…ちゃんと引き続きの治療を受けろよ、と申し上げておきます」

 眉根に皺を寄せたままミカゲは頷く。

「分かっている」

「…パートナー解消の件だが」

 非常に言いづらそうな重い口振りのウォルターに対し、ミカゲは視線を落とし手の平を向けて制する。

「仕方あるまい。俺は自分のやり方を変えるつもりは無いしお前はあくまで従わないのだろう。何を気にすることも」

「一旦申請を取り下げる」

「は?」

 ミカゲは落とした視線をウォルターに戻した。ミカゲの前に立ち尽くす彼は厳しく口許を引き結んでいるが、その目はあらぬ方向を彷徨っている。

「…俺はあんたにも死んでほしくはないんでね」

 低い声でそう唸るように言い捨て、ウォルターはミカゲの元から離れて行った。ミカゲは溜息をついて無事な左手で頭を抱える。

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