第5話 ミカゲ、作戦を語る

 ごうごうと風切音が耳を打つ中、コンの元にミカゲの声が届く。

「マンティコアは毒針の付いた長い尾と、鋭い牙を持っている。その攻撃力もさることながら、最も厄介なのは素早い動きだ。ネコ科の動物のように縦横無尽に駆け回る。本来なら森林に出現することが多いのだが…」

「難儀しそうですね。建物を上手く使って移動しかねない」

 彼の滔々とした説明にコンは応じる。ミカゲが背後で頷く。

「まずは足を止めなければ。班員を要所に配置して追い立てる。罠状拘束魔法を予め張っておける場所を探す」

「了解。私が追う役をやりましょう。スピードが必要でしょうから」

「では任せた」

 話をしている内に市街地の外れまで来ている。ミカゲは通信機を起動する短い呪文を発した。きりきり、と暫し金属が擦れるような音がした後、通信兵の仲介が入る。

『こちら通信科。ミカゲ少尉、トバイアス曹長に繋ぎます』

「頼む」

『こちらトバイアス! ミカゲ少尉、現在目標は市街路を高速にて移動中! 住民の避難を優先しております!』

 トバイアスの緊迫した声が響く。

「トバイアス、クレイグはそのまま避難誘導を続けろ。ウォルター、ネイト、ヘザーは俺が到着次第指示を出す。下手に近付いて毒針を食らうなよ」

『了解! 通信終了します!』

 ミカゲも通信終了の呪文を唱え、次いで一旦箒を停止させる。先を飛んでいたコンもそれに倣う。

 ぼんっという破裂音が市街地の北側から響き、同時に赤い煙が空高く打ち上げられる。交戦地点を報せる狼煙の魔法だ。市街の屋根屋根の上空に現在班員が戦闘を行っている場所が示され、そこを目指してミカゲは再び箒を飛ばした。コンはと言うと指示を待つため先程までとは違いミカゲの後方すぐのところを飛行して付いてくる。

「北端にある広場の先に広い袋小路があったはずだ。そこに罠を設置する。追い立てる時は北へ向かうようにすれば自ずと袋小路へ行き着く。横道は班員にせき止めさせる。出来るか」

 理解したかの確認も込めて尋ねる。コンは例の軽やかな声で応えた。

「やります」

「足止めした後も問題だ。他班の応援を待っていては拘束魔法を破られる可能性が高い。ミカゲ班で仕留める。毒針の尾はかなり広範囲まで届く故、先ずは切り落とすか焼き切るかしなければ…」

「了解した。尾を落とします」

 間髪入れぬ了解の応答に、ミカゲは首筋がぞくりとするのを感じた。

 だが意に介せず続ける。

「尾は短時間で再生する。尾を落としたならば即座に頭部を破壊する。それまで堪えろ」

「はい」

 コンが応えたその時、ラッパのような響きの獣の咆哮が空気を震わせた。マンティコアの鳴き声である。

 交戦地点に到着したということだ。

 赤く蠢く魔獣の姿を視認して、ミカゲは呟いた。

「随分大きな猫ちゃんだ」


「ミカゲ班長!」

 牽制のための氷系魔法を放った後、ヘザーは箒をミカゲの前に移動させる。ウォルターはマンティコアの周囲を尾が届かない距離で飛び回っているが、中々攻撃の糸口を掴めないでいるようだ。同じく目標周囲を飛行していたネイトもミカゲに気付いて移動してくる。

 魔物は今は走るのを止め街路上と建物の側壁を徘徊している。いつ何時マンティコアからの攻撃があるか知れないため、その場にいる者全員の前方を覆う形でネイトが障壁呪文を唱える。

 それを横目に見ながらミカゲは二人に指示を出す。

「先ずマンティコアの足を止める。北端袋小路に俺が罠状拘束魔法を張る。コン軍曹が目標をそこまで追い立てる、お前達三人は目標に箒で並走しつつ横道や建物上部に入る動きがあれば妨害しろ。上手く罠まで誘導出来るかは横道を抜けさせないことに掛かっている。ネイト、ヘザーは障壁を使えるだろう。ウォルターには攻撃呪文で防がせろ」

 早口で指示する。ネイトは頷くが、ヘザーが食い下がる。

「班長! 追う役目は私がやります! まだ実力も分からないコン軍曹にそのような重要な」

「横道をせき止めることが作戦の肝だと今言ったばかりだ。お前の障壁完成の早さを信頼して任せるんだ、ヘザー」

 ミカゲは有無を言わさぬ声音でヘザーの言葉を遮る。信頼してとまで言われてはヘザーも黙るより仕方ない。唇を噛み締めて俯きながらも応える。

「…了解」

「俺は今から袋小路に向かう。姿が見えなくなった時点で作戦行動を開始しろ。何か想定外の事態があれば通信を使え。全員頼んだぞ」

「「「はっ!」」」

 応答を聞くや否やミカゲは上空に飛び出した。マンティコアの頭上を越える際、音声拡張器の効果範囲外にいるウォルターに聞こえるように常には無い大声を張り上げる。

「ウォルター‼ 頼むぞ‼」

 意表を突かれたような顔を一瞬見せたが、すぐに険しい表情に戻ったウォルターはマンティコアの尾を避けながら応じる。

「早く行けよ班長様‼」

 一カ月とは言えパートナーを務めただけあって、ミカゲが何かしら作戦を班員に伝えたことはウォルターにも即座に理解できたのだろう。マンティコアの注意がミカゲに向かわぬよう気を引きつつ、ネイトらのいる方へ飛ぶ。

 上空からそれらの動きを確認しつつ、ミカゲは移動を開始した。

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