第12話 本部棟、ごたごたする
士官に与えられている個人の執務室にコンを通し、後ろ手に扉を閉める。
大隊長室には及ばないが最低限の調度は揃っている部屋で、室内の本棚には軍内部の資料に加えてミカゲが個人的に集めた書籍が整然と詰められている。
ミカゲは軍帽をコートツリーに掛けた上で自らは机の後ろの椅子に腰掛けると、コンには端に置いてあった簡易椅子を指し示した。
「掛けろ」
「はい」
コンは簡易椅子を両手で持ち上げ、執務机の前に来るように置くと腰を落ち着ける。コンが座るのを見届けるとミカゲは机の上の資料を一部広げてちらと目を向けた。
「コン・ブラーナ軍曹、中央グランフォード師団区管轄予備修練所を卒業、同区管轄訓練学校をも卒業後、上等兵としてアジル師団第五箒兵大隊へ配属。以降順調に昇級、昨年軍曹に。初級魔術士資格保有、魔力最終計測値は2821MpV」
コンについての個人資料を抜粋して読み上げる。当人は細い目を更に細めて黙って聞いている。
「魔力値は低め、だが回復効率は高いと注記してあるな。少し休めば魔力値が遅滞なく回復するタイプだ、長期の作戦に重宝する」
そして、と言って資料から目を離しコンを見据える。
「要注意点として『超近接距離戦闘を好む』と書いてある」
「そうです」
コンはさらりと返事を寄越した。
「以前も言いましたが拳術と棒術を用いますので」
「棒術はともかく拳術はこの目で確認した。理由は」
「今貴方も仰ったように、魔力量が軍の規定数値よりやや上回る程度です。強力な攻撃魔法を連続使用していてはすぐに魔力が尽きてしまう。強化魔法を用いた直接攻撃であれば魔力消費量を抑えられます。あとは」
コンはそこで言葉を切るとにっと笑う。
「単純な趣味です」
「ふん、相変わらずだな」
幼少期から体を動かすことが無性に好きだった女である。彼女の生家がある西側東洋人街で、よく分からない爺に武術を習っていたこともあるのを知っている。そんな彼女自身の得手を、不得手を踏まえた上で戦い方に取り入れているのはよく分かる。
とは言え、である。
「アーデルランド軍箒兵の基本的な戦闘法から大いに逸脱していることは、お前のことだから重々承知の上なんだろう?」
視線をコンから外し、ペンを手に取る。手近にあった白紙の上部に大きめの円を描き、角のような突起を二本書き加えた。察したコンが簡易椅子を手で引いて机に更に近付いた。手元を覗き込んでくるのでペン先で図を指し示す。
「これが目標モンスターだとする」
「うへぇ」
どういう反応だそれはと思いつつ口には出さず、分かりにくいかと配慮のつもりで円の下辺に足にあたる突起を四本足しておく。変な顔をするコンには気付かず続ける。
「班態勢での攻撃の場合だ。前衛と後衛に二名ずつ、掩護に二名」
話しながら先程の大きめの円から少し離して小さい円を書き足していく。魔物と見立てた図の両側に放射状に均等に並べた小円の、一番手前を指す。
「前衛は近距離射程魔法を用いて攻撃する。高火力の上級魔法を使えることが望ましい」
次に二番目の小円を示す。
「後衛は中〜長距離射程魔法で前衛の攻撃までの時間を稼ぐ。目標の動きを止めるか遅滞させるための攻撃もしくは補助魔法を用いる」
最後に最も外側に書いた小円を示す。
「掩護要員は前衛と後衛の将兵に対し防御や回復魔法を使用してその行動を容易にする」
そこまで言ってミカゲのペン先が最初の小円に戻る。小円の端から目標までを音を立てて細長く囲う。
「通常、この前衛から目標までの距離は攻撃魔法の射程距離最大までを確保する。前衛が近付きすぎると結果後衛と掩護要員まで目標に近くなりその分危険性が増す」
目を細めて机越しに話を聞いているコンを改めて見据えて、ミカゲは左手の親指と人差し指を立てて見せた。
「お前の戦闘スタイルの問題点は二点。一つは今言った距離の問題だ。近距離射程魔法の射程範囲を優に割って、目標に極度に近接するしかない戦い方は他の者をも危険に晒す可能性がある」
コンが神妙な顔で頷く。
「そして二点目」
そうミカゲが続けようとしたその時、部屋の外、廊下の先の方だろうか、何か重い荷物が崩れ落ちるような音が二人の耳に飛び込んでくる。次いでわずかな振動。眉根を寄せて、しかし説明を再開しようとミカゲが口を開くと今度は複数人の悲鳴とも怒声ともつかない声が聞こえてきた。明らかに不機嫌な表情をしてミカゲは呟く。
「何だうるさいな」
「ちょっと見てきましょうか」
「いい、お前はここで待っていろ。俺が見てくる」
言うなり立ち上がる。何か面倒な事態だった場合コンの性格上何やかんやと関わって戻ってこないことも考えられる。それなら自分が行って適当に様子を見て帰った方が早いだろう。先程掛けたコートツリーの軍帽を手に取ると、靴音高く部屋を横切りながら被り直す。特に異論も無いようで座ったままミカゲを見送るコンに、振り向くことなく部屋を出た。
出てみると思ったより喧しい。悲鳴の合間に什器をひっくり返すような音まで聞こえてくる。音と声の方角に見当を付けて二階廊下を歩いていくと、階段の前でちょうど同じように音を耳にしてやって来たのであろうハオユーと出くわす。
ミカゲはハオユーの精悍で日焼けした顔を見上げた。ハオユー・リャン少尉はミカゲと同時期に第九箒兵大隊に配属された男で、そうそう見ないほどの長身の偉丈夫である。決して低いわけではない身長のミカゲが見上げる必要があるのだ。
「何事だ?
溌剌とした声で嫌味なく言うハオユー。にっこり笑いかけてミカゲは返す。
「何かは知らんがお前が行くなら俺は戻ろうかな」
「おい、面倒事を俺一人に押し付けるつもりだろうミカゲ」
「船頭多くして船何とやらだよ」
黒々と太い眉を上げて笑うハオユーの、本気ではない非難の声を冗談混じりにいなして、ミカゲは右手を掲げるとひらひらと振ってみせる。
「まあいい、中隊長なんぞが何事かとやってくる前に二人で見に行くか」
「そう来なくてはな。一蓮托生だ」
「どうせなら美しい女性士官とそうありたいものだが」
ハオユーの言葉を受け、ミカゲは肩をすくめて苦笑いした。
第九箒兵大隊は3個中隊とその下にそれぞれ3個小隊を擁していて、ミカゲとハオユーは二人とも小隊長の任に就いている。そして中隊で動く際、ミカゲ小隊とハオユー小隊は攻撃部隊として共同することが多いのだ。それ故ハオユーはよく一蓮托生などと嘯く。
どうやら騒音は廊下最奥の備品倉庫から聞こえてくるようだ。何の騒ぎかと気になったか扉を開けて廊下に顔を出す将兵が数名見える。ミカゲとハオユーが連れ立って歩いていくのを見て、任せたと言うような表情をして顔を引っ込める古参兵もいる。ミカゲは内心お前が見に行けと毒づいた。
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