第14話 コン、スクワットする

 ミカゲが出て行って暫くすると騒音は止んだ。が、中々彼は帰ってこない。ただ椅子に座って待っているのも暇なのでスクワットなどして時間を潰していたコンを、扉を開けて呼ぶ者がいる。

「コン軍曹、ミカゲ班長とウォルター軍曹が揉めているのですが」

 ネイトの声である。

 執務室の扉をほんの隙間だけ開けて自信無さげに言う彼に、膝を曲げた体勢のままコンは聞き返す。

「ミカゲ少尉とウォルター軍曹が? それをなぜ私に?」

「いや、特に明確な理由があるわけではないんですが何となく伝えた方がいいのかと思ってしまい」

「はあ」

 コンはスクワットするのを止めて扉に近付く。ネイトはコンが出て来れるように今度は大きく扉を開いた。促される形でコンは執務室から廊下へ出る。

「何故揉めているんでしょうか」

 二人で歩き始めて何気なく問うた。

「ミカゲ班長がパートナー解消の申請を出したのがウォルター軍曹の気に障ったみたいで」

「ええぇ」

 ネイトの返答を聞いてコンはがっくりと肩を落とした。そんな彼女の挙動にネイトは小動物のように怯えていて、コンは少し申し訳なく思ったがどうしようもない。

 お前を俺のパートナーにしたい。

 確かに数日前ミカゲからそう言われたが、本気で動いていたのか。しかも現パートナーと揉めてまで。パートナーになりたいと言ってもらえるのは別に嫌な気持ちではないが、自分が原因で揉め事が起こるのは勘弁願いたい。

 ちょっとこれはミカゲに一言言ってやらねば、と落とした肩を怒らせてコンは廊下を進んだ。横でネイトが突き当たりの部屋の備品倉庫です、と案内してくれる。目的の部屋に近付くも、揉めていると言うのだから怒鳴り声でも聞こえてくるかと思いきや静かなものである。

 備品倉庫の開け放された扉の前で立ち尽くす下士官に軽く敬礼して、ひょいっと室内を覗くとそこには確かにミカゲとウォルターがいる。が、加えて偉丈夫ハオユーと、その三人より手前にこちら側へ背を向けて男が立っていることに気付く。男の声が言っているのを途中から耳で拾う。

「……部下をしっかり掌握できていないことの表れだな、ミカゲ少尉。学校ではさぞちやほやされてきたんだろうがね」

 あらら、まさかの指導中だったか。コンは気まずい思いで舌をちろりと出してしまう。しかしこの士官は誰だろう、知らない声だ。

「仰る通り部下との関係性については私の力不足ですが」

 コンには覚えがある。このミカゲの声は彼が大層苛ついている時の声だ。

「ですが?」

「ちやほやされてきたというのは訂正して頂きたい。私も余人とたがわず努力をしてきましたので」

「そこにかかずらうのか、プライドの高い男だ。プライドなんぞ役にも立たんがね」

「それがフィルマン大尉の哲学ということですね、勉強になります」

 ミカゲがそこでにこっと笑うが、どう見ても目は笑っていない。ちなみにミカゲの後ろでハオユーがずっとうんうん頷いている。頷き過ぎて一体ミカゲとフィルマンとやらのどちらの話に賛同しているのか謎である。手に持った袋がごそごそ蠢いているのも謎である。

「その高い鼻柱をへし折られる日も近いだろうなその様子だと。精々それが戦場においてじゃないことを祈るばかりだね」

 憎々しげに吐き捨てるフィルマンを口元だけ笑顔のままで見つめるミカゲ。

「私もそう願います」

 そのミカゲの言葉が終わるのを待たずにフィルマンは踵を返して部屋を出る。扉の前の廊下に立っていたコンは素早く脇へ避けた。コンの背後でネイトも同様にしている。目の前を忌々しげに立ち去っていくフィルマンの顔をそこで初めて見るが、ぱっと見もぐらのような愛嬌のある顔で、とは言えどことなく神経質さを感じさせる面立ちである。

「あいつ少尉殿に嫌味を言うためだけにわざわざ寄ったのか?」

 部屋の中にコンが向き直ってみると、小さくそうぼやいたのは苦虫を噛み潰したような表情のウォルターだ。

「そのようだな」

 苦笑したミカゲに、ウォルターが視線を向ける。

「何というか興醒めじゃねえが、勢いが削がれちまったよ」

「それは良かった。揉め事など時間の無駄だからな」

「出たよ、……」

 ウォルターの膨らんだ鼻の穴から盛大な溜め息が漏れる。

「で、お前は何しに来たんだコン」

 ミカゲが思い出したように声を掛けてくる。コンも自ずと溜め息を吐いた。

「貴方とウォルター軍曹が喧嘩してるって聞いたものですからね?」

 嘆息しながら室内に入っていくコンの前で、ミカゲとウォルターは顔を見合わせる。間を置かず二人同時に再びコンを振り返って何か言いかけるが、その先はハオユーが引き取ってしまった。

「その通り大いに喧嘩していたが、共通敵が現れると争いというのは不思議と収まってしまうものなんだなこれが」

「はあなるほど」

 コンは神妙に頷く。

「共通敵なんて言ってやるなハオユー少尉」

 そう言うミカゲの表情は今は完全に真顔だが、片眉が少しだけ上がっていてどうやら面白がっているらしい。ウォルターなどはもはや笑ってしまっている。ははあ、あの男どうやら好かれてはいないのだな、とコンは察する。

「我々の共通敵はいつだってモンスターなわけだし」

 な、とミカゲが続けたのと同時に爆発音が轟いた。

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セイリオスときつね 森 久都 @daruma53

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