出石城跡にて童女と戯れる その1

「今日もまた異世界へ行けなかった」


 阿納桧言葉あのひの ことはという人間は、つまりボクの姉は、不意打ちで強襲を仕掛けてくる。

 自由奔放、旅好きの風来坊、自らを「風来山人」と名乗るも覚えてもらえず、いつも「風の又三郎」などど呼ばれている。

 曰く、生きている実感を得るために世界を旅する。

 そんな姉に対し、全く畏敬の念を抱かないかといえばそうではなく、その自由な生き方を真似るようにして異世界を探す旅に出かけているのもまた事実である。

 ただしボクの場合、死に場所を探すための旅である。

 その理由を述べたところで相容れないことは理解しているが、だからといって彼女からの提案を反故にするつもりもない。


「温泉に入りたい。そうだ、城崎へ行こう」

 姉の強襲である。

 そこに意思決定の自由など存在しない。

 ボクは半ば強引に連れ出され、否、強制的に拉致され、ワンボックスカーというのかよくわからない車に押し込まれる。

 文字通りの意味で、ボクはこれからハイエースされるのだ。


 とにかく姉の運転は荒い。

 そして高速では風になる。

 ハンドルを握ると性格が変わる人がいるというが、元々凶暴な人間がより凶暴になった場合の表現方法を教えてほしい。

 そんなわけで兵庫県を北上して城崎温泉を目指すはずだったのだが、

「そうだ、ついでだし出石の辰鼓楼も見に行こう」

 という思いつきで急旋回して出石へ向かうことになった。


 街中は昔ながらの雰囲気を残していて趣がある。

 江戸時代の建物がそのまま残っているような、それにどことなく京都に似ているような気がする。

「小京都って言ってね、全国各地に京都を模した地方都市が存在するのよ。金沢とか有名かしら。ここもその一つ。アンタ好きでしょ、こういうところ」

 ……別に。

 などと首を横に振ってやりたかったのだが、逆らったとて得はない。

 せめてもの抵抗で、むくれた表情を作る。

「そういえば城跡もあるって。パワースポットで有名だってさ、寄ってく?」

「行く」

 二つ返事で応じた。

 ちょっと食い気味だったかもしれない。

 珍しく呆れ顔の姉だった。

「アンタのスイッチよくわからんわ」

 一矢報いてやった気分だ。

 それ以前に通算何敗負け越しているかなど、考えてはいけない。


 観光案内の駐車場に車を停めて散策する。

 といっても駐車場のすぐ裏手に小さな池があり、辰鼓楼はかかっている橋の上からすぐに見えた。徒歩一分。築百五十年。背伸びしても手が届かない物件となっております。

「へー、これが辰鼓楼ねー。いわゆる時計台ってやつね。札幌の時計台に負けじ劣らぬがっかり名所っぷりを発揮しているわね!」

 姉は時々、空気が読めないきらいがある。

 観光客が往来ひしめく場所でも平気で悪口を言う。

 しかしそんな裏表のないところが羨ましくもある。

「でもこれ、日本最古の時計台って聞いたら風流よね~。周辺もマンションとかコンビニが景観を損ねてる二流の観光名所の多いこと多いこと。それに比べたら江戸の城下町の様相を呈するこの出石の素晴らしいことったらありゃしない!」

「さっきまでけなしてたくせに」

「アタシは風見鶏なのよ」

 肯定的な意味で言っているのか自虐で言っているのか、本気で判断がつかないのが恐ろしいところである。


 それから町人になった気分でぐるりと城下町を歩いて回る。

 墓地や寺が当たり前のように風景の一部として溶け込む姿はまさに小京都と呼ぶにふさわしい。

 町家を抜けると小高い山が現れた。

 そして目についたのは――千本鳥居?

「これが稲荷参道、通称お城坂ってやつね。はぁ~、こうして見ると伏見稲荷の千本鳥居にそっくりね。ここを登れば出石城跡に着くのかしら」

「おおお……」

 これはちょっと予想外だ。

 まさかこんなところで京都を一番実感出来るとは。

 伏見稲荷の千本鳥居を彷彿とさせる出で立ちでありながら、伏見稲荷のそれよりも距離も短くお手軽に京都気分を味わえそうな雰囲気である。これ重要。

 手前に川が流れており、橋を越えた先にお手軽千本鳥居が待ち受けている。

 伏見稲荷大社には昔訪れたことがあるのだが、当時は幼く体力も無かったせいで千本鳥居の途中で引き返してしまったのだ。

 それがトラウマでもあり、それ以来一度も伏見稲荷には登っていない。

 千本鳥居自体は好きなのだ。

 ただ、あの山道を息を切らしながら登っていった先に異世界が待ち受けていると言ってもそこまで苦労したくない。

 死にたいと思っていても死ぬほど苦労するのは面倒なのだ。

 さくっと逝きたい。

 このお手軽千本鳥居――稲荷参道とか言ったな、これは期待できそうだ。

 パワーをビンビン感じる。

 さすが鳥居だ、異世界への扉は開かれたも同然。

 朱色の鳥居が幾重にもそびえ立つミステリアスな世界へ、ボクは足を踏み入れたのだ。


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