大河原橋で故意の上級者乱す その3

「――鳳凰院様、準備が整いました」

 気が付けばボクは再び大河原駅に戻っていた。

 ただし、そこに大河原駅は存在せず、前方を横切っていた国道は更地になっていて、周囲は草木が好き放題伸びている低木林地に近い。

 ボクは声のする方向を見下げる――すると足軽のような胸当てや手甲をまとい、頭には菅笠を被った男が腰を低くして頭を下げている。

 片膝をついてとかならわかるが、なぜこんな普通の中年男性がボクよりも低い視線に居るのだろうと不思議に思っていると、その答えはすぐに出た。

「う、うわわわっっ」

 突然地面が隆起したような感覚に襲われる。実際にはボクは腰掛けていて、その腰掛けていたものが暴れだしたのだ。

 視線を下にやると、それは色艶毛並みの恐ろしく綺麗な馬であった。

「だ、大丈夫ですか鳳凰院様!」

「どうなさいましたか鳳凰院様!」

 次々と心配する声が上がる。

 ん、なんだその名前。

 もしかしてボクのことか。

 悪くはないけどどこのマッドサイエンティストだよ。

 うん、悪くはないけど。

 ボクは暴れる馬の手綱を握り、ぐいと手前に引き寄せる。

 すると嘘みたいに馬はおとなしくなり、ボクはほっと胸をなでおろす。


 いや、状況を理解したわけじゃないんだ。

 むしろ何一つ解決していない。

 ここはどこ――目の前を流れているのは木津川だろう。ほんの少し前まで見ていた光景と全く同じなのだから間違いない。

 ボクに話しかけてきた人たちの格好は甲冑を身にまとい、どう見てもこれからピクニックという雰囲気ではない。死地に赴く戦士の出で立ちだ。

 かく言うボクも黒光りする胸当てに腰には刀の鞘が見え隠れ、なんだか頭が重いと感じて手をやると、鉄兜のような冷たく硬い手触りが指先から伝わる。

 人生でこんな格好をしたことなんてないボクにとって、いや恐らくほとんどの人にとっては経験ないだろうし、多分コスプレでもこんな本格的な衣装は身につけないだろうと思う。そして想像に難くないと思うのだけれど、とても重たくて動きにくい。

 ちょっと顔がかゆいなって思っても気軽に掻けない。これどうやって馬から降りるの? そもそもどうやって乗ったのさ。

 これじゃ何をやってもロボットダンスにしかならないんだけど。「ウィ~ン、ガシャッ。ウィ~ン、ガシャッ」って効果音つけたら誰でもお手軽ロボットダンスの出来上がり。これ戦国時代かな、そんな昔から実は存在していたのかロボットダンス。むしろロボットの方が後付じゃないか。甲冑ダンスとか、重装ダンスとか名称変えろよ、こっちが本家本元だろ。

 そんなどうでもいい妄想を繰り広げていたら、改めて一人の男性が話しかけてきた。


「えっと、よろしいでしょうか、鳳凰院様」

「うん」

「あの川向かいの砦に逃げ込んだのが我らがにっくき政敵、北条の使いです。奴めは彼の地に伝わる秘伝の書を持ち出し、将軍に差し出そうとする密使。なんとしても奴を捕まえ、相手方に秘伝の書が渡ることだけは阻止せねば!」

 ふーん、これ、そういうお話ね。

 ボクも異世界歴は長いもので、だいたいどういう展開になるのかはわかっている。

 今回はこの味方を指揮して我軍を勝利に導けとかそういう類のお話だろう。

「よし、なんとしても秘伝の書を取り戻すぞっ!」

「「「おーっ!!!」」」


 ボクは最近気づいたのだ。

 ゆるいスローライフ系の異世界なんて実はどこにも存在しないんじゃないかって。

 でも諦めたらそこで試合終了だから突き進むしか無いのだ。

 こうやって敵に勝利しろ系の異世界に迷い込んだときの攻略法は一つ。

 さっさと受け入れて終わらせる。

 そして再び異世界転生ガチャを繰り返す。

 それが一番効率的なんじゃないかなって。

 リセマラってやつ? よくわかんないけど。

 ボクは自分でもびっくりするくらい現実――というのかわからないけど――を受け入れるのが早くなっていた。


 軍勢はボク達がしてきたのと同じように、堤防道路の縁にある下り坂を使って木津川まで降りていく。

 さきほどと何の変哲もない恋路橋が架かっている。

 めっちゃ写真撮りまくったから間違いない。

 しかし、静かだ。

 あまりにも静かすぎる。

「使いってのは、一人だけ?」

 ボクは従者の一人に質問する。

 ちなみに馬に乗っているのはボクだけで、他の人は皆歩きだ。

 普段は見上げてばかりの大人たちを見下ろせるなんて、ちょっと不思議な気分。

「少数ですが、付き人が何人か――まぁ鳳凰院様率いる我軍を相手に勝てる見込みなどないでしょうがね。多勢に無勢とはまさにこのことでしょう」

「そ、そう……」

 急に悪寒がした。

 これってアレじゃないの。

 死亡フラグってやつじゃない?

 なんか急に立場が怪しくなってきた。これ、正規軍だよね。正義軍だよね。


「どうなさいましたか? まさか、なにか敵の罠が仕掛けられているとか!?」

「そうか、あの竹藪の向こうから火矢で狙われている可能性もあるということですね! さすが鳳凰院様」

 いや、あの竹林はずいぶん鬱蒼と茂っていたはずだから、隙間から弓矢で狙うなんて芸当は出来ないだろう。

 つまり、仕掛けるならこの恋路橋の方だ。

「この石橋になにか仕掛けがあるのかも……」

 ボクがそう呟くと、再び歓声が上がる。

「さすが鳳凰院様! 慎重に物事を熟慮しての行動!」

「やはり石橋を叩いて渡ることを実践なさるとは軍神のなせる業か!」

「鳳凰院様! 鳳凰院様!」

「うおおおーーー!!!」

 なんだこの集団。

 なんだかボクの方が恥ずかしくなってきた。

 異世界で無双している奴らってこんなレベルのことを仰々しく言って神のように崇められていたけど、逆にバカにされている気分だ。

 というかボクの異世界なんだからボクより賢いやつは描けないとかそんな話かもしれないけれど、これくらいは考えつくだろう。


 いや、そうじゃない。

 ボクは戦争とか戦に関する知識がないのだ。

 だから戦略に関して、こんな稚拙なことすら大発見のように思えてしまうのだろう。

 やっぱりこの異世界はボクには性に合っていないのかも。

 さっさと終わらせてしまうのが吉だ。


「よし、一気に恋路橋を突っ切るぞ!」

 考えるのが面倒になったボクは正攻法で攻めることにした。

 用心して川を渡るとか迂回するとか色々方法はあるのかもしれないが、どうせ上手くいくときは上手くいくし、駄目なら駄目だ。異世界って、そういうところだろう。

「ならば我々が先陣を切ります。鳳凰院様は第二陣としてお越しください」

 副将っぽい男がボクに代わってあれこれと指示を出す。

 なんだ、この人に任せておいた方がいいじゃん。

 しばらくして三つに小隊を分ける。ボクはその真ん中だ。

「よし、では参りましょうか」

 副将っぽい男は大きく拳を掲げると、恋路橋を先頭で駆け抜けていく。

 それに続いて数十人の足軽のような兵卒が同様に駆けていく。


 恋路橋は途中で脆くも崩れ去るとか、そういう心配はなかった。

 第一陣が何事もなく向こう岸まで渡り終え、これで安心だとボク達第二陣が進みだした。

 真ん中を越えて少し進んだところ、そういえばこの辺りに恋路橋と書かれたプレートがあったなぁと考えていると、足元から怒号が響く。

「馬の足音じゃああ!!! かかれえええぇぇ!!!」

「うおおおぉぉ!!」

 なんと橋の下に隠れていた伏兵達が一斉に飛び出してきたのだ。欄干も無いこの石橋は簡単によじ登れるし、足元から槍を突き出したり足首を掴んで引きずり下ろすことも容易だ。

 襲撃により混乱してしまったボク達は橋の上で立ち往生してしまい、後続も身動きが取れない。ただただ戦力が削られていく。

「鳳凰院様、ここは我らが食い止めます。鳳凰院様はまずはこの橋を渡りきってください!」

 そう告げる従者に促されるまま、ボクは一人先に橋を渡りきる。

 振り返ると戦場は悲惨なものだった。

 敵味方入り乱れ、誰が敵で誰が味方かも判断がつかない。

 いやきっと兜の色とか旗印とか何かしらの判別方法はあるのだろうけど、知識のないボクにはまるでわからない。


「鳳凰院様」

 副将っぽい人が再び声を掛ける。

 そうだ、この人は無事だったんだ。良かった。

「どうやらこの先、上に登るまでは敵の姿は見えないようですが、油断は禁物かと。如何なさいますか」

 ボクは恋志谷神社までの道のりをもう一度思い出す。

 途中で民家のようなものは何軒かあったのだけど、そのどれもあまり生活臭を感じなかったというか、ただの背景のようにしか映らなかったのだ。ゲームで言えば存在しているが、実際に中に入って探索できたりはしないタイプのただの障害物。

 実際には生活している住民は居るだろうけど、関わりのないであろう人たちは背景と同じだ。ボクにとって彼らが背景であるように、彼らにとってもボクは背景なのだ。

 つまり、物語を進めるにはそんなモブ背景に拘っている暇はなくて、本陣を目指して突っ走ったほうが良い。

 そういうことだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る