晴明神社にて式鬼神バトる その2

「え? なに、ここ……」

 晴明神社の前にはコンクリートで舗装された道があって、街灯は背の高い街路樹に隠されて、その奥では車が南北に走っていた。はずだった。


 小学校のグランドのように整備された砂地が続き、見慣れたコンクリートジャングルは姿を消し、御所のような瓦屋根と垣根が遠くに見えるだけだった。

 四方を遮るものはなく、見えるはずのない山々が視界に飛び込む。

 文字の跡はないけれど、多分左大文字山が見える。

 左手が北向きだとするならば、きっと貴船や大原はあの山辺りなのだろう。生い茂った黒い森は鞍馬寺がある場所だろうか。


 京都であることには変わりないのだろうが、もしかして過去にでもやってきてしまったのだろうか。そんな不安を懐きながら、異世界然としている京都を散策しようと一歩踏み出す。

 小石をぽん、と蹴飛ばしてしまった。


 どこからともなく流れる謎の音楽。

 何故か足が固まって動けないボク。

 金縛り?

 なんだこれ、すっごく不快。


「おーい。そっちに行ってはいけない!」

 若い男性が声を張り上げる。

 ボクは首だけ動かせたのでそちらに顔を向けると、烏帽子に独特の白装束の和服、笏のような棒を持ち、全身あちこちにあしらわれた見覚えのある五芒星をあしらった男性がこちらに向かってくる。

 すぐ近くまで来ると体が動かせるようになり、自然な格好で彼と対峙する。

 随分背が高く、顔立ちも精悍で文句のつけようがないといった見た目だ。


「危なかった。この平安の世界では草むらに入ると鬼っ子が飛び出すんだ。君からは巫術の力が感じられなかったから、まだ『式鬼神しきがみ』を持っていないみたいだね。鬼っ子に対抗するにはこちらも『式鬼神』を駆使するしか無いんだ」

 ……うん?

 色々とツッコミどころ満載なんだが。


 まず平安って言ったよね。

 ここは平安時代か。

 しかしわざわざ自分からそれを言うのか。

 親切設計と言うか、わざとらしさすら感じる。


 そしてなんだ。『式鬼神しきがみ』? 鬼っ子? 表現がオブラートに包まれている感じがするが、どう考えても鬼って言ってるよね。


 そしてそもそもこの展開、どこかのゲームでみたことあるんだけど!

 この人式鬼神研究科の博士かなんかだろ絶対。


「おっと、自己紹介がまだだったね。僕は安倍晴明。みんなからは『陰陽師』なんて呼ばれているよ」

 ……そうきたか。

 予想通りの展開だった。

 これ、異世界転生っていうか転生もしてないし、異世界ですら無いよね。

 実は転生じゃなくて転移じゃないって疑惑は見て見ぬ振りしてきたけど、とうとう異世界ではないことすら隠さなくなってきたよ。


「ふむ、君は才能がある。よし、ついてきなさい」

 ボクは謎の不可抗力で断ることも出来ず、この陰陽師に連れられて謎の建物の中に入った。


「あれ、見た目は古い……何だっけ、書院造? みたいな感じだったのに中は異世界ファンタジー的……」

 ボクはふと感じたことを呟いた。

 いつもなら言葉に出すことは無いのだが、たまたまそのギャップに驚いて口を滑らせた。

 法隆寺みたいな古めかしい建物なのに、中に入ると魔女の実験場みたいな魔法陣やら怪しげな大きなツボやらが置いてあり、想像していた平安文化とのミスマッチに思わず声を出してしまったのだ。

「書院造ではなく、寝殿造だね」

「え、あ、ごめんなさい」

 何故か謝ってしまった。

「書院造は室町時代以降に生まれた現在の和風住宅の元のようなものだからね」

「いや安倍晴明がなんで未来のこと知ってるのさ!」

 ボクは思わず突っ込んでしまった。

 一瞬、キョトンとした表情になった後、すぐに表情を戻し、こちらに詰め寄り口元を少しだけ緩めて顔を近づける。

「ここは過去ではなく、異世界だからさ」

 耳元でささやく声はとても透き通った声で、思わずのけぞり囁かれた耳を手で覆う。

 気持ち悪くはないけれど、なんだか変な感じ。

 まるで魔法をかけられたような気分。


「さぁさ、ここに三枚のお札があるだろう」

 清明が指差す先には、文字だか模様だか判別できないような何かが書かれた長方形の紙が三枚並べられていた。

 それぞれ大きさが違い、順番に大中小となっている。

「この中から一つを選び、君の『式鬼神』として使役するのだ!」

 ボクはそれぞれのお札を見て悩んでいた。

 大きいつづらと小さいつづらのどちらを選ぶかという昔話よろしく、どれを選ぶのが正解かちゃんと見極めなければならない。

 左手を顎に当て、右手を左肘に当て考えるポーズのまま暫く悩む。


 どれくらい経ったのだろうか。

 しびれを切らしたのか、清明がこちらに近づく。

「えーっと、もし良かったら札に触れたらどんな式鬼神か確認できるから、やってみてはどうかな」

 どの玩具にするか決めあぐねている子供に語りかけるような態度が少し気になったが、そう思われても仕方ない。

 言われるがまま、ボクは左から順にお札に触ってみることにした。


 一番左の一番小さなお札に手を触れる。

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!」

 髪の毛を束ね、頭の上に一本角が生えているように見せている小さな女の子が出てきた。

 アイラインのような化粧が施され、どう見ても幼女なのだが妙な色気がある。

 見た目も和装ではなく、インドやら中東の方の格好である。

「私アワビちゃん、よろしくね!」

 良かった、ギリギリセーフだ。

 何がどうセーフでアウトなのかよくわからないが、きっとセーフだ。

 せめて漢字で書け、ややこしい。


 次に真ん中の中くらいのお札に触れる。

 閃光が走ると同時に、お札から現れたのはは人の姿を象った、まさしく人そのものであった。

「……我は芦屋道満あしや どうまんなり」

 うん、道満って聞いたことあるような。

何故なにゆえ我が式鬼神となっているのだ!? 我はむしろ式鬼神を駆使して鬼を退治する側の立場であろう! 何故なにゆえ清明とここまで差がつかねばならぬのだ! 本来なら我こそが清明のように神として崇め奉られることこそあれ、かようなぞんざいな扱いを受けねばなら――」

 清明が無理やりお札を床から引き剥がすと、道満――式鬼神の姿は消えた。

 無言のまま、最後の札を触るように促される。


 最後のお札はお札と呼ぶには少々大きい。

 下敷きサイズくらいはある。

 縦はもう少し長いだろうか。こんなタブレットがあれば大画面で遊べるだろうななんてどうでも良いことを考えながらお札に触れる。

 バチバチッと火花が散るように閃光が腕の周りで飛び回り、今までとは少し違う雰囲気でお札から式鬼神が現れる。


 それは巨大な鬼だった。

 ボクの倍、いや三倍くらいはあろうかという化け物だった。

 二本の角に鋭い歯、赤黒い肌に瞳孔や虹彩のない白目をむき出しにした鬼神と呼ぶにふさわしい存在に思えた。

 厚い胸元に虎柄の腰巻きだけを履いた、イメージする赤鬼の姿そのものだ。

 棍棒のような武器は持っていないものの、人の体くらいの太さはあろう腕周りと筋張った拳からはそんなものなど必要ないといった余裕すら見て取れる。


 というか、最後だけおかしいだろ。

 もはや選択肢ないじゃん。

 一択じゃん。

 なにか落とし穴でもあるのだろうか。レベルが高すぎて言うことを聞きませんとかそういうデメリットでもない限り、この鬼以外を選ぶ理由が見つからない。


「ちなみに全員初期レベルだ」

 初期レベルでこれかよ!

 どんだけ種族値の差があるんだよ。

 大器晩成型がいたとしても絶対鬼の方が強いって。たとえ初期値から能力上がらないとしても威圧感だけでストーリークリアできそうな勢いだ。


 念の為に色んなことを尋ねてみた。

 どの答えも問題はなかった。

 こいつを選ぶことにデメリットはない。

 あまりにしつこすぎて「早よ選べ」と催促された。

 ちょっとだけ京都訛りが出た。それすらイケメンボイス。


「じゃ、じゃあ、最後のやつで……」

 ボクはそれでも恐る恐る選んだ。

 清明と式鬼神を交互に見ながら、まるで迷子の子供のように。

「ふむ。平安の夜を統べる鬼神の『鬼助キスケ』にするんだね」

 なんか凄い二つ名持ってた。その割には普通の名前だ。

 そして夜を統べるって何だ。一人百鬼夜行とかそんなんか。


「ははは、鬼助も君に選ばれて喜んでいるみたいだ」

 その鬼は何度も両腕を上げて筋骨隆々をアピールするようなポーズを取る。

 的当てゲームの鬼みたい。


 この後の流れといえば、ライバルの式鬼神と戦う……のだろうが、そもそもライバルなんて登場していない。

「よし、それじゃあ――」

 清明はそも当然のように言う。

「鬼助と戦おうか」

 ……は?


「えっ、ちょっと、なんで!?」

「なんでって、そりゃあ式鬼神を使いこなそうと思ったら、まずは式鬼神を従えないと」

 あれ、なんか思ってたのと違う。

「強いものに従う。これは当然のことだね、うん」

 は?

 いきなり何を言っているんだこの人は。

「と、いうわけでいってみよーやってみよー」

 えらく軽いノリでボクは鬼神様と戦うことになった。

 マジで……?


 身構える余裕もなく鬼助が襲いかかってくる。

 体格差は明らかで、手のひらでも簡単に押しつぶされてしまうだろう。

 ボクは何か武器はないかとあちこちを手探り、ポケットの中からメモ帳とペンを取り出す。

 いつもネタ探しに使う道具だ。

 スマホは便利だが、やはり紙の即実性には劣る。

 だからすぐ取り出せるように肌見離さず持っているのだ。


 しかしこれでどうしろと。

 ペンは剣より強しと言っても、こんな言葉も通じなさそうな相手にどうやって戦えと言うんだ。

 鬼はすぐそこまで迫り、ボクの頭を掴もうと手を伸ばしてくる。

 その手はすべてを飲み込みそうなほど大きく、ボクは影に覆いかぶさりこのまま消えてしまうのだろうか。

 そんなのはゴメンだ。

 ボクは必死にメモ帳を鬼助に向かって放り投げた。


 コツン、と。

 当たった音がした。

「「「「ギャーッ!!!」」」」

 木霊するような声が聞こえたかと思うと、先程まで居た巨大な鬼の影はどこにもなく、雲散霧消してしまった。

 呆気にとられていると、ボクの視界の端で何かが動くのが見えた。

「ん?」

 それは、小さな鬼であった。

 とても小さな、親指くらいの大きさで、先程までの気迫などどこへやらと言う、可愛らしい幼い鬼の姿だった。

「「「「全く何をする! もう少し打ちどころが悪かったら死んでいたところだぞ!」」」」

 その可愛らしい鬼は何十人と居た。

 そして一斉に喋りだすので多重に声が重なり、倍速で再生されているみたいだ。

「……なんだこれ」

 孫悟空かな。


「ほほう、鬼助の本質を見抜くとは流石だ」

 清明は本当に感心した様子で言う。

「一見恐ろしい巨大な鬼のようだが、その正体は小さな鬼たちが蒐まって一つの個体を為しているということに一瞬で気づくとは、やはり君は才能があるな」

 いえ、たまたまです。

 何いってんのこの人。


「これで鬼助は君の使い魔だ。式鬼神として十分に機能するだろう」

 あ、そうなんだ。

 一応勝ったことになるのか。

 とはいえ、実はただの見掛け倒しということがわかっただけなので正直ちょっと残念だ。

「「「「なんだよ」」」」

 小さい鬼たちがわらわらと蒐まっている様子は見ていて可愛らしい。

 しかし流石に数が多すぎる。

「もうちょっとだけ人数減らせない?」

 ボクが尋ねると子鬼達はどこかの合体モンスターのように蒐まっては一つになっていく。

 結果として十歳児くらいの鬼が四人になった。

 これくらいならいいか。


「よし、それではここにいる式鬼神と戦ってみようか」

 これで終わりじゃなかった!

 そうか、まだライバル的なやつと戦うってのは終わってなかったんだ。

 でも、ここに残っているのって……。


「私?」

 ずっとその場に居たアワビちゃんが返事した。

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