晴明神社にて式鬼神バトる その1

 「今日もまた異世界へ行けなかった」


 妹の通う高校では奇妙な噂が流れているという。

 なんでも、真夜中の一時に晴明神社の境内を五芒星を描くように一筆書きで歩き、最後にその星を囲むように円を描きながら歩けば異世界への扉が開かれるという。

 なんだかよくある学校の七不思議みたいな話である。

 真夜中に一段増える階段とか、独りでに鳴るピアノとか、廊下を全力疾走する人体模型とか、そういう類のもの。

 こういうのって脚色されているものが多いけれど、実際には科学的に解明されていたりする。

 音楽室の偉人の肖像画の表情が変わったとか、見る角度や影の具合によって違って見えたりする、みたいな。


 だから決して怪奇現象とか、非現実的な事象などありえないのである。

 もう一回言う。ありえないのである。


 しかし学校を飛び出していきなり晴明神社とは、何がどうなればそこに行き着くのか。

 ちなみに晴明神社というのはご存知平安の陰陽師、安倍晴明を祀っている神社である。

 パワースポットとしても有名で、京都の中でも随一の場所かもしれない。

 そういう噂が立つにはもってこいの場所でもある。


 しかし観光地としても有名で、何を今更という感もある。

 どういうことなのだろうか。

 行ったら怪しいおじさんが居てインチキアイテムでも売りつけられるのだろうか。

 ボクは悪い何かに取り憑かれるのも嫌だし、それを解決するために奔走するのもゴメンだ。


 とはいえ名前だけは知っているが一度も訪れたことがない。

 近くにあれば逆に行く機会がないのだ。

 パワースポットということで、丁度良いネタになるかもしれない。

 本当に異世界へ行けるのなら、それに越したことはない。

 ボクは妹にもう一度詳しい内容を聞いて、晴明神社を訪れることにした。


 日も暮れた夜八時。

 うん、深夜じゃないんだ。

 もう高校生じゃないから門限みたいなものは無いとはいえ、真夜中に出かけるのは憚られるし、いきなり深夜に行くのもちょっと怖い。

 ということで、間を取って夜に偵察に行くことにした。


 京都は地下鉄が十字に走っており、御所の少し南で東西と南北の線が交差する。

 晴明神社の最寄り駅は南北の烏丸線「今出川駅」である。

 ただし今出川駅からも徒歩で15分程度はかかる。


 地下鉄は未だに苦手だ。

 何番出口というのが大量にあって、どこを登れば地上のどこに出るかよくわかっていない。

 いつもカンで「多分この出口が正解だったはず」を繰り返している。

 正答率は……半分以上はあると思う。


 ただしこの今出川駅はちょっと事情が違う。

 京都御所があるために、御所を避けて出入り口を作っているらしい。

 そうはいってもボクはいつもの通り「多分正解はこれ」を繰り広げるだけだ。

 ほら、多分……一番近い出口から地上に出られた、んじゃないかな。


 ちなみに今出川駅がある今出川通は東西の通りで、有名なキリスト教の私立大学が隣接している。

 流石に夜だと門も閉まっているが、周辺には学生と思しき人達が歩いている。

 いわゆる学生街といっても過言ではない。

 道沿いにあるお店も学生向けのお店が多い。

 お手軽な定食屋、カラオケ店、味の濃いラーメン屋、値段の安さを謳っている居酒屋。

 そのゾーンを超えたら今度はマンションが乱立している。

 町家のような静けさとは縁遠い世界だが、これもまた京都の風景なのだ。

 もしもボクが進学していたら、今頃は花の大学生活――


 そんな仮定は想像するだけ野暮だ。

 ボクはその選択肢を選ばなかった。

 決して道行くカップルを羨ましいとかリア充爆発しろとかそんなことは思っても口に出さない。


 華やぐ街を西へ歩き、堀川通を目指す。

 途中、油小路に差し掛かると北に白峯神宮が見えるが、そこからさらに歩いて次の大きな交差点が堀川通となる。

 東西南北に入り乱れる車の多さに都会を感じ、道路を渡って今度は南下する。


 堀川通は大きな通りなのだが、やけに明かりが少なく感じる。

 ちょうど街路樹が邪魔して街灯を隠しているようだ。

 正直、路地裏を歩いているのかと思うほど暗い。

 通り過ぎる車は遠く、茂みに隠れてこちら側の様子は見えないだろう。

 もしも何者かに襲われたとしても、誰にも気づかれないのではと思えるほど暗いのだ。夜道をこれ程恐ろしいと思うことは早々ない。すぐ隣で片道三車線もあるような道路を隔てた空間であるにも関わらず、だ。むしろそうだからこそ対比して恐ろしいのかもしれない。

 都会の闇というのは存外こんな小さな綻びの中に潜んでいるのかもしれない。


 西陣織会館を通り過ぎ、さらにガソリンスタンドを越えて歩くとひときわライトアップされている空間が飛び込んでくる。

 巨大な鳥居と石柱が突如として姿を見せる。鳥居には五芒星が、石柱には晴明神社の文字。

 あまりにも自然な感じで景観に溶け込んでいて拍子抜けだ。

 もっとおどろおどろしい様子とか、ここだけ空気が違うぞ的な格別感を期待していたのに。

 周囲にも比較的緑が多いせいか、鳥居の周辺に生えている草花も珍しくない。

 とはいえ、暗い中で思いっきり左右から光に照らされている参道はちょっと特別感がある。

 このまま進むとラスボスと戦うことになりそうな予感。

 狛犬はセーブポイントだ。

 ちゃんとセーブしておかなくては。


 鳥居を抜けた先には境内というわけではなく、『コンクリートジャングルに癒やしのひとときを』みたいなコンセプトの木々が立ち並ぶ空間が広がる。

 左手には小さな橋がかかっており、その奥には桔梗庵の文字。現在は閉まっているが、どうやらお守りなどを販売している場所のようだ。

 数十秒で抜けられるようなちょっとした参道を歩くと堀川通と平行な葭屋町通が南北に道を作る。

 そして次なる鳥居を越えた先に晴明神社の境内へと足を踏み入れる――はずだったのだが。


 閉門。

 五芒星の描かれた門が両扉によりしっかりと閉鎖されていて入れる余地など無い。

 周囲をぐるりと見回してみるのだが、南向きは駐車場の壁に阻まれ何も見えず、北向きは学生向けのマンションによってこれまた何も見えず。

 良いなここに住んでる奴ら。

 毎日パワースポットでパワー浴び放題じゃん。


 しかし噂は何だったんだろう。

 深夜一時に境内を練り歩くとか無理ゲーも良いところだ。

 そもそも誰も疑問に思わなかったのか。

 こんな名所が24時間いつでも訪問歓迎な開放的な空間であるわけがないと、京都を知るものならわかろうものだが。

 ……わざわざ確認しに来たボクがそれを言う権利はないのだが。


もう留まっていても仕方ないし、夜の不気味な雰囲気をこれ以上味わいたくもないから帰ろうか。

 そう思って参道を引き返し、最初の鳥居に戻る前に今で言えば右手側にある橋が目についた。

 確か立て札があったはず。

 正面に回って改めて見直す。

 小さな木の立て看板に『一条戻橋』の文字。

 ……有名なのだろうか。

 正直なところ、歴史は苦手なのだ。


 何やら解説が載っている。

 さも『皆様御存知の』なんて書かれようだが、これでは知らないやつをバカにしているのではないか。

 結局なんなのかよくわからないし。

 ただ、なんとなく戻橋とあるのだからと、橋の後ろから正面に向かって歩いてみる。


 ――そんな気まぐれの行動で異世界への扉は開かれたのだろうか。

 先程まで暗い夜空に差し込む電球の明かりだけが照らしていた世界だが、澄み渡る晴れた日中の光が支配する世界へと変容していた。

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