城崎温泉湯けむり裁判開廷す その4

「えっと……そもそもなんで作家がイモリ殺しの罪を裁かれるの?」

 ボクは被告側の机に左肘を置き、頬杖をつきながらやる気なく問いかける。

 ちなみに椅子が用意されていたので遠慮なく腰掛けている。

 足をパタパタ動かせるほど座る位置が高くなっているのは秘密だ。

「んまぁ、この子ったら、志賀直哉も知らないのっ!?」

 今度は急にオカマ口調になる。

 キャラがブレブレだぞ、何とかしろ。


 志賀直哉くらいは知っている。

 教科書で習った。

 有名な作家だ。

 作品まではちゃんと読んだことないけど。

「志賀直哉の有名な『城の崎にて』といえば、ココ城崎温泉を舞台にした作品に決まっとぅでしょーぅが!」

 そういえば、教科書で習ったのも『城の崎にて』だ。

 すっかり忘れていたが、なんとなく内容を思い出してきた。

「志賀直哉といえば気取らない作風が特徴で、平坦な文体の中に死生観や人としてのあり方などを綴った数々の名作を残したスンバラシイお方じゃろうがい!」

「めちゃくちゃファンじゃん」

「ああん? 若いの、俺様を馬鹿にしちゃあいかんぜよ……」

 さっきから方言もブレブレだぞ。

 大丈夫か、このイモリ。


「お前さん、城の崎にてのあらすじば説明できるか」

「えっと……電車にはねられて怪我したから、城崎に養生に来たんだっけ」

「そうじゃ! あいつときたら、電車にコテンパンにやられたからって、俺様たち小動物に対して俺TUEEEEして悦に浸るなんて、とんでもない作家だ!」

 志賀直哉へのディスりが酷い。

 きっと、ボクが好きな作家がそんな扱いを受けたらブチ切れる勢いだ。


「やつはとんでもない極悪人だ」

 声のする方を見ると、別の裁判官と思しき男が並べられた机の席から立ち上がり、自らの主張を述べる。

 あえて特徴を言うとしたら、首から下は人間なのだが首から上はカニの姿をしている。

 カニ男だ。

 そういえば最初の登場人物はカニだったか。

「全く、とんでもねぇとこだな城崎ってのは! 俺たちを塩で包んで窯焼きにしちまうんだからよ。この恨み晴らさでおくべきか……」

 いや、それ全然関係ないじゃん。

 旅行雑誌で見た気がするけど、それ旅館で出される『かにかまくら』とかいう料理じゃん。高級な松葉ガニとかを使ったやつ。

 お前ただのサワガニだよ!

 塩まみれにされる要素ないから安心してろよ!

 志賀直哉成分ゼロじゃないか。


「それだけじゃないぞ」

 甲高い声が聞こえたかと思うと、今度はカニとは反対方向の机から主張するものが現れた。

 首から下のシルエットだけ見るとやはり人間だ。

 ゆっくりと視線を上げると、やはり期待を裏切らない。

「え? ……鶴?」

 そこに居たのは鳥人間だった。

 真っ白な、鶴のような頭をしているが、鶴よりも鋭い目元で目の周りが少し赤い。

 美しくもあり、神秘的な雰囲気がする。

 でも、『城の崎にて』に鳥なんて出てきたっけ。

「本当は夢の国へオファーしたけど某ネズミのマスコットは断られたんで、地元では有名な動物をオファーしたらコウノトリになったって寸法よ」

「オーダーと違いすぎる」

 某ネズミなんて出そうものなら即アウトなので英断と言わざるを得ないが、代わりにやってきたのが……コウノトリ男なのはどうなんだ。

「ふざけるんじゃないよまったくもう! ちょっとタニシを食うついでに稲を踏み荒らしただけなのに、人間ときたら次から次へと石を投げつけやがって! そんなことするから野生のコウノトリが滅んじまったんだろうがよ!」

 こいつも作品と全然関係ないところの怒りをぶつけてきやがった。

 自業自得じゃねーか。

「クアアアアァァァァァ!!!」

「ひっ」

 突然くちばしを振動させて、カタカタと鳴き声のようなものを上げる。

「いいか、これはクラッタリングって言ってだな、コウノトリは他の鳥と違って鳴けねぇんだ。だからこうやってくちばしを震わせてコミュニケーションを取ってるんだよ。だからいつも頭ごなしに怒ってるわけじゃない、ってのをわかってほしかっただけなんだよ。鳴きたくても鳴けない、俺たち絶滅危惧種の悲しい習性ってやつのさ……」

 一旦絶滅したけどね。

 よくわからないムダ知識が増えた。

 コウノトリ男は遠い目をして満足気味に腰掛けた。

 よくわからないが、ネズミの代言者としての主張は終わったのだろうか。


「さぁーて、それでは他の証人たちにも一気にご登場いただきましょうかねぇ」

 イモリ裁判長が木槌を鳴らすと、今度は普通の人間が現れる。

 四、五十代の中年男性なのだが、不気味なのは後ろに控えている他の証人たちも全く同じ顔をしている。

 ドッペルゲンガーというか、クローンというか。

「こいつはひどいやつだ。他人の弁当を食いやがって!」

「こいつはひどいやつだ。人にぶつかっておいて、相手の心配よりも先にペンダントを拾ったんだ!」

「こいつはひどいやつだ。小さな子の飼い猫をさらいやがった!」

 全部身に覚えがない。

 ていうかどこのゲームの王国裁判だよ。

 たとえ無罪になっても幽閉されて、脱獄したら戦車と戦うやつじゃないか。

「こいつは嫁入り前の娘の胸を触ったんだ! 万死に値する」

 居たのかおっさん。忘れてた。

「だからそれは――」

 ボクがなにか言おうと声を上げても、イモリ裁判長の「だぁまらっっっしゃい!!」の一言で封殺される。

 意義を申し立てることすら出来ない。

 あまりに一方的な裁判じゃないか。


「そろそろ判決の時間だなぁ」

 そういうと、イモリ裁判長が再び木槌を大きく叩く。

 ガヤガヤと騒がしかった法廷が一瞬にして静まりかえる。

「まあ、答えは最初から決まっているようなもんだけどなぁ」

 これ、そもそも何の裁判だっけ。

 なんだか色々と訳のわからない罪を次々と押し付けられたような気がする。

「そういえば肝心のイモリ殺しについては何も言及されてない気がする……」

「ギクゥゥッッ!」

「現場の再現とか、どうかな」

「なぁーにをおっしゃっちゃってやんのですかいな!」

 うろたえるイモリ裁判長をよそに、ボクはわきに放置されていた桶を一つ手にとった。

「ふふん」

 ボールを持つように抱えて持ち上げてから、フリスビーを投げるように持ち替える。

「えーっとぉ、ちょ、ちょ、ちょいとお待ちを。そちらの桶をどうなさるおつもりでございますかね」

「決まってるじゃない。ああ、安心して、ボクは運動神経がよくないから、思い通りにはいかないかもしれないけれどっ!」

 ボクはそう言って、裁判籍に向けて思いっきり桶を飛ばした。

 回転しながら飛んでいったそれは、裁判長を直撃した。

「あーあ、狙ったつもりはないんだけどな」

 これこそ『城の崎にて』の名シーンの一つ。

 当てるつもりのなかった石がイモリに当たって、イモリは死んでしまうのだ。


 倒れた裁判長を前に法廷がざわつき始める。

 これにてお開き。

 ……と言いたいところだが、この後どうすりゃいいんだろ。


 不意に、空から何かが降ってきた。

 もう何が落ちてきても驚かないさ。

 それはボクの頭の上に落ちてきて、ずっしりとしたってほどじゃないけれど、雨にしちゃちょっと変だなって違和感があった。

 不思議に思っていると、手のひらの上にそいつは飛んできた。

「ゲコッ」

 目があった。

「――え」

 ちょっと大きめなアマガエルだった。

 次々と空から降ってくる大小様々なカエルは、法廷を悲鳴の渦に巻き込んだ。


 空から降る一億のカエル。

 城の崎にて。

 城崎にかえる。

 ボクは目を回しひっくり返る。



「――んっ……」

 額に冷たい感触。

 意識を取り戻し、上体を起こす。

 額についたそれがポロッと剥がれ落ちる。

「ゲコッ」

「うわわわっ!!」

「あっはっはっはっ!!」

 ボクがカエルに驚くと、それを見て大笑いの姉。

「いやー、そんだけ元気ありゃ大丈夫ね」

「えっ、……あれ、何がどうなってるの」

「あんた温泉寺の上り坂で急に倒れたのよ。立ちくらみみたいなものだからちょっと待てば大丈夫かなって思って」

「そう……」

「もー、心配させんじゃないわよ!」

 思い切り背中をバシバシ叩く。

 病み上がりの人間に対してなんてことを。

「流石に大変そうだし、ここもパスね。さっさと温泉に入って汗を流しましょ」

「……それがいい」


「――いい湯だった」

 思いっきり温泉を堪能した。

「アンタねぇ、いい年して風呂で泳ぐんじゃないわよ」

「別に誰も居なかったし」

「普段は引っ込み思案なくせに、そういうところは自由奔放ね」

「誰に似たんだか」

「……まさかアタシっていうんじゃないでしょうね!?」


「あ、城崎プリン。せっかくだからお土産に買って帰ろうよ」

「そうね、ってアンタいくつ買うつもりよ!」

「え? みんなの分を一個ずつと、季水果きみかにもう一個。あと今食べる用にもう一個」

 ボクが次々とプリンをレジに並べる様子を見ながら、ため息交じりに姉が言う。

「アンタの妹に対する怒りも綺麗サッパリ流れ落ちたわけね。ま、良いけど」

「昔のことをいつまでも恨んでいたって仕方無いことなんだよ」

「どの口が言うか」

 悪態をつきながらも、大量のプリンを買う姉はなんだかんだで面倒見が良い。


「そういえば温泉卵を作らなかった」

「ああ、城崎はあんまりそういうのやってないのよ。温泉卵で有名なのは、これから行く鳥取の道中にある湯村って場所。湯村温泉って言ってこっちも有名な温泉街だけど、町のあちこちに源泉が湧いてて、しかも温度が高いから温泉卵を作るのに適してるんだって」

「じゃあ寄るの?」

「そんな時間はないからパス」

「ええー」

「いいからアンタはさっきのたまごプリンでも食べてなさい」

 車は西を目指して走り続ける。


「今日もまた異世界へ行けなかった」

 プリンうまっ!

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あの日の続きは異世界で -関西転生案内- いずも @tizumo

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