ピアノのある駅
永川ひと
第1話
私は猫。この駅に暮らす住人である。
最近、私の家にピアノが置かれたのだ。
ここの住人である私に許可も無しに物を置くとは、まったく良い度胸をしているのだ。
しかし、このピアノと一緒に運ばれてきたイスはふわふわでとても寝心地が良い。
お日様が当たらず寒いのが玉に瑕であるが、この上にいたら気持ち良くて眠くなってしまう。
今日もこのイスの上で大きく口を開けてあくびをすると前脚の上に頭を乗せる。
今の季節は駅の中を風が抜けていき、とてもすがすがしい気持ちになる。
今日も風が気持ちいい。
「ピアノだ!」
人間の高い声が聞こえる。
私は目を軽く開けるとそこには幼い女の子の顔があった。
私はピアノではなくて猫である。
彼女に心の中でそういうとふてぶてしく二度寝をする。
「猫ちゃん、そこ座らせて」
再び目を開けると私を見つめるキラキラとした瞳。
そんな目で見られても嫌である。
再び目を閉じて二度寝へと入る。
「お願い!」
女の子はそういうと私の身体を持ち上げる。
「にゃー!」
このイスは私の特等席である。絶対に譲らないである。
身体を転がして彼女の腕から逃れようとするが、上手くいかず、イスから降ろされてしまった。
「にゃー!」
私が恨めしそう女の子を見るが、彼女は相変わらずキラキラした笑顔でこちらを見ていた。
「ありがとー」
お前が退かしたのである。
私はそのイスを譲る気は一切なかったのである。
女の子は私の気など一切知らずに私の頭を撫でる。
そんな事をしても簡単には許してやらないのである。
ただ、小童のくせに、なかなかなソフトタッチである。
気持ち良くはないんだからな!
「えへへ、猫ちゃん可愛い」
猫ちゃんなんぞ呼ばれるような歳じゃないのだ。
可愛いなんて言われて喜ぶのは、私よりももっと下の年齢だぞ!
女の子の手が横首にうつる。私の撫でられて嬉しい所トップ3に入る箇所である。
そんなので喜ぶわけにはいかない。
私はごろんと地面に身体を横にする。
「猫ちゃん、気持ちー?」
き、気持ち良くなんてないのにゃ。
こんなのに屈しるわけにはいきにゃにゃにゃ。
「にゃぁーん」
ダメだ。気持ちいいのだ。
「気持ちいいのね。よかった」
あぁ。もっと撫でるのである。
首下辺りも撫でられるのが好きである。
「ピアノ弾こー!」
「にゃ?」
もうやめてしまうのか?
私は頭だけをあげて女の子を見る。
彼女は一生懸命にイスに座るとピアノを弾くために、座り心地を確かめるかのようにお尻を何度か持ち上げた。
「にゃー?」
もう少し撫でていてもいいんだぞー。
私の呼びかけに反応する事なく、女の子はピアノの音を1つ鳴らす。カラッとして、優しい音が人のいない駅に静かに響く。
しばらくすると女の子はピアノを弾きはじめる。
優しく、楽しげな音色がピアノから広がっていく。
私は猫だから何の曲であるのか知らないが、今日という日をとても楽しみにしているのが伝わってくる。
たくさんの音がピアノからあふれていき、駅舎からこぼれていく。
たくさんの色に溢れて、このすがすがしい風が光っていくように見えた。
この音たちに胸を躍らせて目を閉じれば、とても心地よくなっていく。
地面が冷たくて気持ちいい。
そんな何気ないことにも楽しくなっている。
やがて、音が止まる。
女の子はイスの上で大きく深呼吸をしていた。
こちらを振り返ると不安げな表情に花が咲いていく。
「にゃー」
どこにも行ってないのだ。
私は女の子の座るイスの余っている箇所に飛び乗る。
「どうだった?」
「にゃーん」
とても良い演奏であった。
女の子の顔を見つめる。
「ありがとー」
女の子は幸せそうに笑うと私の頭を撫でた。
うむ。良きである。
「今日はね。お父さんが帰ってくるからね。この曲を弾いてあげようと思ってるの!」
そうであったか。ならば、さぞ父上は喜ぶであろう。今日はこうして君のピアノを聴いてあげるのだ。
「たくさん練習したんだー。お父さん、喜んでくれるかな」
ここはピアノのある駅。私はここの住人。
今日はお父さんに喜んでもらうための曲を聴くのであった。
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