第2話


 私は猫。この駅に暮らす住人である。


 ここ最近、私の家でピアノを弾く人はいないのだ。

私はピアノのイスに寝転び、大きく欠伸をする。

全く、退屈である。以前にピアノを弾きに来た人はどれくらい前だっただろうか。


 お日様が当たらず、風が吹くと寒いのだが身体で温めたこのイスからは退くことができない。

今日は横に寝転んで贅沢にイスを使うのだ。


「本当だ!ピアノがあるぜ!」


 人間の高い声がする。

私が目を開けると半袖半ズボンの男の子に白いワンピースを着た女の子とワンピースにしがみつく幼い男の子がいた。


 今日は3人か。

前にもこんなことがあったような気がする。

人数はこんなに多かっただろうか。


 私はお昼寝優先として再び目を閉じる。

今度こそはこんな子供を相手になんてしてやんないのだ。


「どけ! 猫!」


「みゃっ!!」


 私のお腹を誰かが指でつつく。

私は驚いて頭をあげて彼らをみる。私の反応に少し驚いたようで男の子が後ずさった。


 この短パン小僧が私のお腹をつついたのか。

しかし、許してやるのだ。私はこのままお昼寝をさせてもらう。


 私が再び眠りに入ろうとするとお腹がつつかれる。

しかも、指が2つ増えた。


「お腹ぷにぷにしてる」


 女の子が楽しそうに笑う。


「以外にデブなんだな」


 短パン小僧がまじまじと触る。


「猫。猫だ」


 お姉ちゃん大好きっ子が真顔で言う。


 真顔じゃなくて他の2人みたいに楽しんでくれた方が嬉しいのだ。

なんでお主だけ猫としか言わないのだ。


 中年太りだと言われようが私はここから退くつもりはない。いくらつつかれようが、私は退かない確固たる決意を固めたのだ。


「猫ちゃんはちょっと退いてね」


「にゃー!」


 女の子に身体を持ち上げられてイスを降ろされそうになる。


 私の確固たる決意が! 確固たる決意が!


 イスに足一本でも残そうと伸ばすが、それさえも引き剥がされてしまい、結局はイスから降ろされてしまった。


「猫ちゃん、ありがとう」


「にゃー」


 おみゃーが降ろしたのだ。

私はイスを譲る気などさらさらなかったのだ。


 女の子は私の言葉なんて一切も理解せずに私の頭を撫でる。


 そんなことで機嫌を取ろうなんて10年早いのである。

しかし、以前にも似たような経験があるのを思い出す。

だから、今日は素直に撫でられてやるのである。


 気持ちいいのである。さあ、もっと撫でるのである。


「ここまでね!」


 女の子の手が俺の頭から離れる。


「にゃ、にゃーん?」


 お、お預けであるのか! ここでお預けであるのか!

まだ撫でていいのであるぞ?


 彼女は私の言葉を無視してピアノのイスに座る。鍵盤に手を乗せて深呼吸をする。


 ポロンと跳ねるような音が駅舎の中で反響する。

そうして彼女が音を確かめる。


「なぁ! あれ弾いてくれよ! あれ!」


 語彙力不足の短パン小僧が女の子にリクエストをするが、あれとしか言っていない。

猫である私の方が語彙力に優れているのではないのだろうか。

しかし、猫である私が語彙力に優れていても私の言葉は通じない。


「あれね。いいよ」


 女の子は短パン小僧に笑顔で答える。

あれがなんなのか理解するとは、私の語彙力が足りてなかったのか?


「猫。猫」


 お主はお姉ちゃん大好きっ子から猫好きに変わったのか?

私をじっと見つめて、撫でようか迷った手を空中に浮かせたままであるぞ。


 そんな猫好きをよそに駅舎の中にポップな曲が流れる。

最近、高校生が駅舎の中で人もいないからと大音量で流していた曲だ。

人はいなくても猫はいるのだから、猫の迷惑も考えてほしいのだ、と言いながら聴いていたのを思い出す。


「よっしゃ! 踊るぞ!」


 短パン小僧がリズミカルに片足で跳ね始める。

曲に合わせて跳ねているようだが、見ている私からしたら気が狂っているようにしか見えない。


 大体の小僧なんぞ狂っているのだから、彼は例外ではないか。


 私はゴロリと前脚に頭を乗せて寝転ぶ。

その様子を見ていた猫好きが私の背中を撫でる。


 うむ。苦しゅうない。続けてくれ、猫好きよ。


 駅舎の中に反響するピアノの音。まるで跳ねるようにあちこちに音は飛び回り、小僧の心を跳ねさせる。

小僧自身も跳ねて遊んでいるので心身ともに跳ねている。表現力がそのままである。


「一緒に踊るぞ、アキト!」


 音と共に跳ねる小僧は私を撫でていた男の子も連れ出して、跳ねる。

女の子の手も彼らに合わせて跳ねる。

なんとも楽しいダンスパーティである。


 ここはピアノのある駅。私はここの住人。

今日は静かな駅舎の3人だけのダンスパーティに参加したのであった。

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